【Episode22】
京都映画での監督稼業
──まだまだ続く二足の草鞋
その12
前号まで
前号では、監督になるとどうやって作品を作っていくのか?企画は誰が作るのか?監督は台本をどの段階で読むのか?台本が良くないと思った時はどうするのか?などを書いてきた。今回は私の台本の直し方から書いてみたい。
「台本直し検討メモ」
京都映画を離れて、東通企画の年棒契約になったある時期から、私は脚本家・プロデューサー(P)とのホンの打ち合わせに、「台本直し検討メモ」を書いていくようになった。脚本家が書いて来た台本の感想、問題点、それを直す方向などを書いたものだ。「台本直し検討メモ」を書くようになったのは、パソコンのワードを使えるようになってからだ。
ちなみに、鉛筆やボールペンで書いた文章よりもワードで書いた物の方が、まったく同じ文章なのに遥かに立派に見える。見栄えは大切だ。私たちはある意味、「見栄え勝負」の仕事をしているのだから。見栄えが良いと自信も付く。それだけではない。ワードは訂正や書き換えが容易にできるのだ。私はそれまで苦手だった文章書きが、ワードを使うことであまり苦にならなくなった。「台本直し検討メモ」も、このブログもワード様々だ。
冒頭に脚本家への謝意を
さて「台本直し検討メモ」だ。タイトルは「〇〇(作品名)第△稿検討メモ」とした。△は最初の原稿だと「初稿」となり、書き直すに従って「第2稿」「第3稿」となっていく。2時間ドラマだと、5~6稿になることもある。
「検討メモ」の最初に、脚本家の労苦に対する謝意を書いた。たとえどんなにひどい内容でも、約束期日を大幅に遅れても、「第〇稿、ご苦労さまでした」とか「第〇稿、ありがとうございました」とかを、最初に書くことにしていた。これは人間としての礼儀だ。
それだけではない。私は京都映画の佐々木Pに鍛えられたお陰で、出来上がった脚本の直しは苦にはならなかったが、1からストーリーを組み立てるという作業は苦手だった。何度も挑戦して、途中で挫折したものだ。従って、どんな酷い内容であろうが時間が掛かろうが、無からストーリーを作り上げた脚本家には、心から敬意を抱いていたからだ。
もうひとつ、これは私のズルイ処だが、後で少々酷い感想を書いても、「書き上げて頂いたことは感謝してますよ」という言い訳だ。別の言い方をすれば、この謝意を書くことで、「後は遠慮なく言いますよ」というメッセージにもなるというわけだ。
「検討メモ」の内容
「検討メモ」には何を書いたのか?謝意の次には、「A全体の問題」というタイトルで、「作品のテーマ」や「全体の構成」「作品のテイスト」「テンポ・リズム」「重要人物のキャラクター」などに関わる問題点と修正の提案を書いた。
その次は「B展開の問題」だ。数シーンから10数シーンぐらいのひと続きのシークエンスの描き方についてだ。出来るだけ具体的に書いた。例えば「シーン35~47までは、もっとテンポを出したい。従ってもっとシーンを細かく分けて盛り上げていきたい」みたいな提案だ。私の中で直しの具体的なイメージが確定していれば、そのシークエンスの箱書き(シーンの順番に描く内容を書いたもの)を書き添えた。「このくだりは映画『砂の器』のラストのようにしたい」みたいな提案をすることもあった。こういった書き方をすると、出席者のイメージが共有しやすいのが利点だ。
最後は「C個別の問題」。個々のシーンの描き方であったり、セリフ内容や言い回しの問題について意見を述べて改善案を提案した。
「検討メモ」はできるだけ具体的に書くようにした。実際は「しっくりこない」とか「気色が悪い」「なんか面白くない」などの感覚なのだが、そういった感想だけではなく、その原因を具体的に書くようにした。例えば、「ラストシ―ンが盛り上がらないのは、ワルの描き方が足りないのではないか?例えばシーン〇〇の後に、ワルが被害者を✕✕していたぶるシーンを入れてはどうだろう」みたいに。
この「検討メモ」を「台本直しの会議」の前に、脚本家やPたちに送っておくのだ。
「台本直し検討メモ」の狙い
なぜ、「台本直し検討メモ」を作るようになったのか?それまでは「ホン直しの会議」は、脚本家、P、監督が集まって、それぞれが思い付くままに喋っていたのだ。Pのリードの仕方にもよるが、話があっちへ飛んだりこっちへ飛んだりして、まとまりが付かないことがままあった。時間が足らずに、検討ができなかったり、忘れてしまう項目もあった。結果、脚本家に「まあ、宜しく」と丸投げしてしまうことが多かったのだ。
「台本直し検討メモ」を書く利点はこうだ。第1に、「台本直しメモ」を書いていく過程で、私は漠然としていたその台本に対する評価が、次第に整理されていくことに気が付いた。問題点を文字化・文章化する過程で、自分の考えが整理されてくるのだ。
そして第2に、台本の改善案を書いていくことで、私の意見は無責任な印象や感想ではなく、具体的な改訂案となる。それだけではない。書くという作業は、その過程で様々なイメージやアイデアが湧いて来るのだ。整理だけではない創作の働きも生み出すのだ。そうして私の書いた改訂案は、「台本直し打ち合わせ」の叩き台の機能を果たすことになる。
第3は、打ち合わせの方向があっちこっちに飛ばずに、私のメモに沿って問題点がひとつずつ検討されていくので、検討し忘れを防ぐ役割も果たしていくことになるわけだ。
「検討メモ」は脚本家に不人気?
だがこの「検討メモ」は、脚本家にとってはあまり気分の良いモノではないらしい。私に長く付き合って頂いた脚本家の田子明弘さんは、「もう慣れたので抵抗はありません」と言ってくれたが、温厚な田子さんといえども「慣れないうちは抵抗があった」ということだろう。ましてや、田子さん以外のライター諸兄姉には、相当な抵抗があったのではないだろうか。直接に不満は聞いたことがないのでよくは分からないが、脚本家は物書きなので文章で書かれた意見や提案は、口でいうよりもキツク感じられるのかもしれない。あるいは、決定事項を突き付けられたように感じられるのかもしれない。私としては表現に気を付けて、あくまで提案・叩き台として書いているつもりなのだが、なかなか難しいものだ。この項は田子さんの次の言葉で締めくくりたい。「台本の欠点を指摘するだけではなく、具体的に直しの提案をしてもらうのはいいかな」
いよいよ撮影準備
さて、台本ができ上がったその後だ。いよいよ撮影の準備に入る。まずは分かりやすいので、2時間ドラマを例に説明しよう。「台本ができ上った」と書いたが、2時間ドラマの場合は決定稿の前に準備稿を印刷するのが普通だ。準備稿とは、ほぼこれで行こうという内容の台本だ。準備稿はスタッフは勿論のこと、出演が決まっている俳優にも配られる。主役や準主役クラスは企画が通った段階で決定しているので、準備稿を読んで意見を言ってくる俳優さんもいる。まだ決まっていない配役は、この準備稿を俳優事務所に読んでもらって出演交渉していくわけだ。もちろん共同制作のテレビ局にも、必要な部門に配布される。「番組考査」の部門では内容のチェックをするようだ。放送してはマズイ表現やセリフのダメ出しがあれば、決定稿に反映されるというわけだ。たまには営業あたりから、「これはスポンサー的にいかがなものか?」という意見も届いたりする。
まずは「打ち合わせ」から
さて監督は準備稿ができ上ったら忙しくなる。撮影準備を進めるために、P、AP、キャメラマンや照明技師・録音技師・美術などのメインスタッフや美術部(装飾・持ち道具・衣装・メイク)・助監督・制作部と、まずはザクッとした打ち合わせを行う。監督はそれまでに、ある程度の撮影プランのイメージを固めておかなければならない。
実は監督は台本を直していく過程で、ある程度は作品のイメージは固まってくるものだ。台本を直すという作業は、そのシーンやシークエンスの狙いを頭に描きながら直しているわけで、台本直しはある意味で、撮影のイメージを作っていく作業の一部と言えるかもしれない。従って、準備稿が出来てから「さあ、どうやって撮ろう」と考え始めるわけではないのだ。
先ほど「ザクッと」と書いたが、準備稿段階での打ち合わせでは、主として撮影のイメージをスタッフに伝えることになる。具体的には、シーンごとに「どういう場所で撮影するのか」「それはロケなのかセットなのか」「昼なのか夜なのか夕方なのか」「どういう狙いで撮影するのか」「美術的には何が必要なのか?」「雨や雪、霧や風など特殊効果は必要か」「どんな車両が必要で、牽引は必要か」「どんなエキストラがどれくらい必要か」などなど、その時点で考えていることを伝え、それに対してのスタッフの意見を訊く。だが、その段階では私の中に在るのは、殆どがまだイメージに過ぎない。次はイメージを具体性に落とし込む作業に入るわけだ。それではどうやってイメージを具象化=撮影コンテに落とし込んでいくのか?
ロケハン
イメージの具象化の過程で重要なのがロケハンだ。ロケハンとはロケーションハンティングの略で、ロケをする場所を探すことだ。余談だが、十河壮吉さんから聞いて調べてみた。ロケーション・ハンティングとは和製英語だそうだ。ハリウッドではロケーション・スカウティング又はロケーション・スカウトと言うらしい。ここでは、耳慣れたロケハンを使うことにする。
さて、ロケハンだ。コンテを作るにしても、まず撮影場所を決めなければ話にならない。撮影所だとセットも使えるが、東通企画のような制作会社の場合は、2時間ドラマのような単発番組だと、特殊なシーンを除いてはほとんどがロケかハウススタジオでの撮影だ。台本には各シーンの頭(柱と言う)に場所指定があるが、書いてあるのは「住宅街の坂道」とか「〇〇家・居間」とかで、具体的な地名や場所は書いていない。従って、そのシーンの内容に適した場所を、ロケかハウススタジオで探さなければならないのだ。
ロケでの撮影は、山・川・海などの自然を生かした場所、それに繁華街や住宅地・公園などの街中、学校や病院や体育館などの公共施設、意外と良く使うのが屋上や橋の上、陸橋などだ。車を走らせる道路もロケで撮影しなければならない。
ハウススタジオというのは、業者が所有する撮影用の部屋や家屋だ。関西には数が多くないが、東京だと豪邸から普通の一軒家、様々なタイプのマンションの部屋に二階建てのアパート、さらにあらゆるクラスのオフィスの中、会議室や社長室、中には病院の中や警察署の中、留置所の中まで持っている業者もいる。特殊な例では銀行の窓口や金庫室の中というロケスタジオまであった。ハウススタジオは都内にあるし家具もある程度は揃っているので、便利と言えば便利だ。だが、一日借りると何十万もする。それを1作品で何カ所か使うので、けっこう予算を圧迫する金額になる。
ちなみに連続ドラマだと、毎回必ず出てくる場所──例えば、刑事ドラマだと刑事部屋や取り調べ室、ホームドラマだと主人公の家の中、社内恋愛ドラマだと主人公が勤務するオフィスなど──は、セットを作った方が便利だし安上がりとなる。ここらはPの腕の見せ所だ。
フィルム・コミッション
チョイと横道に逸れる。2000年頃から各地に公的なフィルム・コミッション(フィルム・オフィスとかフィルム・カウンシルなどと名乗っているところもある)ができ始めた。東京に一極集中していた映画やテレビドラマのロケ地を、地方にも誘致する目的で作られ、ロケ地の紹介やロケ支援をしてくれるようになったのだ。ロケ場所の使用料は別途掛かるが、紹介や支援の費用は無料で作品内容にも口を出さないので、使用料の高い東京都内を避けて、地方で撮影する作品も増えてきているよううだ。
日本で最初にフィルム・コミッションができたのは大阪だそうだ。そのきっかけは、あの「ブラック・レイン(パラマウント映画)」だ。主演マイケル・ダグラス。高倉健も重要な役回りの刑事役で出演した。若山富三郎の迫力満点のヤクザの親分、松田優作の不気味なヤクザも鮮明に覚えている。結構お気に入りのハリウッド映画だ。
その「ブラック・レイン」は1988年に大阪で大掛かりなロケをした。大阪府は当初「できる限りの協力」を約束した。だが、「できる限り」の解釈がパラマウント側と大阪府側とでは天地ほど隔たりがあったようだ。大トラブルが続出した。あの名監督リドリー・スコットが激怒し、「二度と日本では映画を撮らない」と言ったそうだ。
「その反省から大阪はフィルム・コミッションを作った」みたいなことをWikipediaには書いてあるが、大阪にフィルム・コミッションができたのは西暦2000年だ。12年後だ。「おぎゃ―」と生まれた赤ん坊が、小学校6年生にもなる年月だ。ちと、時間が掛かり過ぎていないか。
私が関係者に聞いた話では、実は大阪府の方も公開された「ブラック・レイン」を見てビックリしたそうだ。大阪が日本か中国かも分からないような、犯罪都市に描かれていた。どんよりした風景、けばけばしいネオンばかりが目立つ薄暗い繁華街、戦後の闇市のような市場、道頓堀の随所にハリウッド映画お得意の蒸気が吹き出している。工場の出勤風景は物凄い自転車の洪水だ。「大阪のイメージが台無しだ!」「何の為に無理難題を吹っかけてくる撮影に協力したのか?」。そういう不満が満ち溢れたそうだ。これは大阪の外国映画誘致にとって、かなりのトラウマになった。12年という歳月が、それを物語っている。
だが、そういう手ひどい経験をしながら、なぜ全国に先駆けて大阪にフィルム・コミッションができたのか?大阪の気持ちを推測してみる。東京は放っておいても映画やテレビドラマの舞台になる。海外からのロケも多い。一方大阪は、「ブラック・レイン」の悪評で、世界の映画界からソッポを向かれていた。実に28年間も海外映画の大阪ロケが無かった。国内映画やテレビドラマも大阪に魅力を感じてくれない。何とかしないと、ますます東京の一極集中が進むばかりだ。そういった、東京に対する止むに止まれぬ対抗心や焦りからだったのかもしれない。
ロケハンはイメージを膨らませてくれる
横道から戻る。ロケハンだ。監督はシーンごとにイメージを制作部(撮影所では製作部。テレビ局系制作会社では制作部という。東京を中心とした後者では上から順に制作担当・制作主任・制作進行に別れているそうだ)に伝えて、それを元に制作部が手分けして探すのだ。普通は制作部がロケ場所候補の写真を見せて、その中の1ヶ所を決めて監督が見ることが多いらしい。これはロケハンというよりは「ロケ地確認」と言った方が正確な作業だ。だが、私はロケハンが好きで、好きというか京都映画からの習慣で、ロケ場所を自分の足で探すのが当たり前だったので、制作部が探してきた候補地を時間が許す限りできるだけたくさん見に行った。面白いもので、当初イメージしていたシーンの内容が、面白い場所を見ると、「こうした方が面白いんじゃないか」とか「これを利用すると、もっと面白いシーンになるんじゃないか」とか、イメージが膨らんできたりするのだ。またロケハンの過程で、すなわちロケ場所を探したり見たりすることで、具体的な撮り方のイメージができあがったり、さらには台本よりも面白い設定を思い付いたりするのだ。
「面白い」は魔法の言葉
脱線する。読者は先ほどから、私が「面白い」という言葉を多用しているのに気が付いたと思う。この「面白い」という表現は、私にとってまた少なくない活動屋にとって、「インパクトがある」とか「刺激的」とか「魅力的」とか「こころが動かされる」とか「ヤバイ」とか、そういった肯定的な評価を全部ひっくるめたような言葉だ。私の表現力不足という事実を差し引いても、私にとっては最高の評価のコトバなのだ。
ロケハンでアイデアが生み出される
ロケハンに戻る。実は東通企画と契約して最初の数本の2時間ドラマは、京都映画のキャメラマン・藤井哲也(てっちゃん)や照明技師・南所登(南ちゃん)に参加してもらっていた。2人ともロケハン(ロケ場所確認ではなくロケ場所探し)には必ず同行した。そういったロケハンが1週間以上に及ぶこともあった。そして、「ここやったらいけるか」とか「ここは面白そうや」という場所では、「ここだったらこうやって、ああやって」とアイデアを私に喋りまくるのだ。彼らはロケ場所が決まった後に作る、私のコンテ(撮影プラン)に異論を挟むことはまずない。その替り、まだコンテができていないロケハンの段階で、前述のように私にアイデアを吹き込んでおくのだ。もちろん私は、彼らのアイデアを鵜呑みにすることはない。だがコンテを作る時には、「てっちゃんはここからロングを撮ると面白いと言っていたな」とか「南ちゃんは『こう撮ったら銭が貰える画が撮れる』と言っていたな」とか思い出しながら作っていくのだ。
そういう意味でロケハン=ロケ場所探しは、私の具体的な撮影プランを作る作業の中で、単にロケ場所を決めるという以上に、重要な意味を持っていたことになる。私は台本よりも面白い作品を作ることを心掛けてきたが、ロケハンはそのための欠かせない重要な行程だった。
てっちゃんや南ちゃんのようにフリーではなく、技術・美術パートを別の技術会社や美術会社が担当する場合は、制作部とのロケハン(助監督チーフも同行する)でほぼロケ場所が決まると、「メインロケハン」が行われる。決めたロケ場所をキャメラマン、照明技師、美術監督、装飾部、制作部などと一緒に廻るのだ。従ってメインロケハンは、残念ながらロケ場所確認作業ということになる。これは予算の関係でキャメラマンや照明技師を長く拘束できないからだ。
「メインロケハン」では、監督はコンテができていればそれを説明し、できていなくても人物の配置やメインアングルなど、大体の撮り方を打ち合わせする。そうしないと、撮影当日に必要な機材が無かったり、調整機材などを設置するのに時間が掛かってしまうからだ。またメインロケハンによって、各部は用意する物を確認する。駐車場から撮影場所まで距離があれば、機材の運搬手段などを相談する。メインロケハンの主たる目的は、監督の演出意図の徹底と、撮影の効率化を図るための作業だ。
次回は衣装合わせやコンテ作りについて書いてみたいと思う。
【Episode22】To Be Continued
※次回は2025年7月30日(水)に投稿予定です。
お知らせ
スマホではこの後に、私が関知していない広告が掲載されるようです。目障りだと思われる方もおられると思います。お目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。
摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄 舍利子
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色
受想行識亦復如是 舍利子 是諸法空相
不生不滅 不垢不浄 不増不減
是故空中 無色 無受想行識
無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明
亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽
無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃
三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰
羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
心経般若
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