【Episode22】
京都映画での監督稼業
──まだまだ続く二足の草鞋
その14
前号まで
「監督とはどういう職業なのか?」や「監督は具体的に何をするのか?」をテーマに書いている。前号では撮影に入る前の準備作業の「衣装合わせ」や「コンテ作り」までを書いた。この号も分かり易いので、特に断らない限りは2時間ドラマを例に書いていく。
準備の最終段階
コンテができたら、あるいはコンテ作りと並行して、準備の最終段階である「メインロケハン」と「最終打ち合わせ」を行う。順序としては、メインロケハンをやってからその結果を受けて、最終打ち合わせを行う方が合理的だが、これはスケジュール次第だ。「少々順番が狂っても何とかするのがプロの仕事だ」と、これはダラな監督やプロデューサー(P)の言い訳だ。
「メインロケハン」は、3~5日を掛けてP、監督、メインスタッフ、制作部、助監督、美術・装飾部などメンバーで、実際にロケ予定地に足を運んで行う。監督によって様々だと思うが、私の場合は立てたコンテに従って、カットごとに俳優のポジション・動きやキャメラ位置を説明した。私のコンテにはカットごとに、人物配置や動き、それにキャメラ位置を図に書いていたので、できの善し悪しは別として、スタッフには分かり易かったと思う。
栗林克夫キャメラマン
私が20年以上も組んで仕事をした栗林克夫(クリちゃん)は、私より20歳も若いが優秀なキャメラマンで、私のコンテに対して最終ロケハンでも的確なアドバイスやアイデアをくれた。それだけではない。私の説明を聞く間に、車両の止め場所やベース(VTRや映像・録音調整機材を置く場所)の場所を素早く確認していた。実はこれは、撮影を効率的に行うためには非常に重要なことなのだ。撮影当日、車両は7~10台にもなる。ベースの機材も多い。これらを撮影本番になって、何度も「画に入るから」と言って位置を変えていると、非常に時間が掛かるわけだ。かといって遠くに置けば良いという訳でもない。車両の中に置いてある機材などは、「イザ」というときに運ぶのに時間が掛かってしまう。またベースが撮影現場から遠いと、双方の意思疎通がうまくいかず、ベースのモニターを見ている監督が俳優のいる現場に行くのに時間が掛かって仕方がない。撮影のスピードも落ちるし、テンポも悪くなる。
クリちゃんは私のコンテを聞いて、的確に車両の置き場所やベースの場所を指示する。その場所は10中8~9撮影が終わるまで動かすことはない。
クリちゃんが凄いのは、それだけではない。私の説明を聞いて画のことを考えながら、「この場所で撮って音声は録れるのか?」と、音のことも同時に判断しているのだ。これは、予算の関係で音声部がメインロケハンに参加することはほとんどないからだ。クリちゃんはタイトル上は「キャメラマン」や「撮影」だが、実質はテクニカルディレクター(TD)の役割を担っていた。
メインロケハンは監督の演出意図を現地で確認するだけの作業ではない。クリちゃんの例のように、各部がよりよい仕事ができるように、また撮影をスムーズに進められるように、準備や段取りを検討する場なのだ。
最終打ち合わせ
「最終打ち合わせ」はクランクインの数日前に行われる。メインスタッフだけではなく、技術各部の助手さんたちも参加する。ただ残念なことに、美術スタッフは数日後にインを控えているので、準備に手を取られて一部しか参加できないことが多い。私はできるだけ最終打ち合わせには、コンテを間に合わせることを心掛けていた。参加者のすべてが、私のコンテを基に最終打ち合わせをするのだ。
思い出せば、京都映画の打ち合わせはヒリヒリしていた。スタッフから「こんなホンで撮るんか!?」とか、「そんな撮り方、おもろないやろ」という声が遠慮なく飛んだ。私が演出するときは、そういう意見がぶつけられるのを見越して、台本を直したり面白い撮り方を準備したりしていた。それから考えれば、京都映画を出てからの打ち合わせは、実に平穏だった。
前回にも書いたが、打ち合わせというのは、監督である私が「こう撮ってはどうだろう」と、演出プランを提案する場でありたいと思っていた。そして、分からないことはどんどん訊いて貰い、異論やアイデアがあれば遠慮なくぶつける場であって欲しいと思っていた。また私は、そういった質問や異論には正面から答えようと思っていたし、それはやってきたつもりだ。
だが理想と現実は違った。いま考えると、「こう撮ってはどうだろう?」というよりは、「こう撮りたい」とか「こう撮るんだ」という私の思いが強く出てしまっていたのかもしれない。それは打ち合わせという場を、「私のコンテをブラッシュアップし、作品のクオリティをアップする場にしたい」という思いよりも、「監督として上手く引っ張っていきたい」という思いの方が、強く出てしまったのだろう。思えばそれは、京都映画の助監督時代に、演出意図がハッキリしない監督に就いて、悔しい思いをしたトラウマだったのかもしれない。そういう私の態度を、スタッフは敏感に感じ取ったのだろう。撮り方や準備する小道具や段取りについての質問は活発に出たが、意見やアイデアや異論は、私が期待していたよりは少なかった。これはひたすら、私の監督としての未熟さの所以だったと思う。
記録さん
今まであまり触れてこなかったが、ドラマのスタッフの中に「スクリプター(記録係)」という重要な役割を負った女性がいる。男性の記録さんは見たことがない。唯一、松竹大船では助監督のセカンドが記録係を務めていたらしい。黒澤明監督には大映で撮った「羅生門」以来、野上照代という記録さんがずっと就いていた。深作欣二監督は、東映の東京撮影所から京都撮影所に移ってからは、ずっと田中美佐江さんと組んでいる。
記録係は元々フィルムで撮影していた時には、いまよりももっと重要な役割を負っていた。フィルムは現像してポジフィルムに焼き付けなければ、撮影した映像を見ることができない。またそのポジフィルムを、映写機でスクリーンに写しながらでは編集できない。ビュアーやムビオラという機材で、小さな見難い画面を見ながらの編集になる。さらに映画の撮影はストーリーの順番に撮るわけではない。まったく前後バラバラに撮るのだ。
従って間違いなく編集するためには、撮影の詳しいデータ(記録)が必要だったのだ。「どういう順番で撮影したのか」「撮影したカットは誰と誰が出演しており、どういう芝居をし、どういうセリフを喋ったのか」「どういうサイズで撮影したのか」「撮影時間は何秒だったのか」「OKだったのかNGだったのか」「このセリフは間違っているが、オンリー(音だけ)を録ったので嵌め替えてほしい」「カット5とカット6は長回ししたので、カットバックで細かく繋いで欲しい」などなどを、記録は1カットずつリストに書いて編集部に申し送っていたのだ。映画の場合は撮影後に編集にも立ち会ったそうだ。
いまはデータ収録になったために、再生や編集も簡単になった。従って1カットずつのシートは書かないが、撮影したシーン・カットの順番とOK・NGの別、そしてそのカットの長さを記したシート、それに撮影したコンテ(カット割り)を書いた台本のコピーを編集に送っているようだ。
繋がりのチェック
もちろん、記録さんの仕事はそれだけではない。現場での重要な仕事がある。別々に撮ったカットが繋がるように、俳優のアクションを撮影現場でチェックするのだ。繋がりが間違っていれば、前のカット尻で笑っていた顔が次のカット頭では普通の顔になっていたり、上がっていた手が下がっていたりする。だから記録は、間違っていればどんなスターでも間違いを指摘して、撮り直しを監督に要求する。従って大物俳優でも、記録さんには弱い。他のスタッフには威張り散らす俳優も、「〇〇ちゃん、オレさっきのカットでコップを右で持ってたかな?」と猫撫で声で訊いたりするのだ。
記録さんが繋がりに目を光らすのは、演技だけではない。衣装、ヘアメイク、小道具などに間違いがないか厳しくチェックする。ちなみに、繋がりのチェックは、本来助監督との共同責任なのだ。だが、だんだん助監督に繋がりのチェックに対する責任感が乏しくなっているのは寂しい。私は京都映画時代に、畳の上の小道具をおき間違えて、三隅研次監督に「殺したろか」と叱られたことがある。そういう厳しい監督も少なくなったということか。
実は記録さんは、演出のアドバイスもする。特に若い監督や1カメ撮りに慣れていない監督には、そっと耳元で囁く。「〇〇さんのアップを撮っといた方がいいんじゃない」。それは純粋に演出や繋がり上の場合もあるし、Pの好みや俳優行政上の大人の気遣いの場合もあるのだ。京都には、そういったゴッドマザー的な記録さんがいた。私が新人監督の頃は、川島庸子さんという大ベテランに随分お世話になった。
尺の管理
記録の重要な仕事はまだある。尺(作品の時間的な長さ)の管理だ。まず準備稿ができ上った段階で、記録さんに頼んで尺を計って貰う。その結果を受けて、脚本家に「5分短くしてください」とか「7~8ページ短くして」とか依頼するのだ。
実は尺を台本で計るというのは、相当に難しい作業だ。監督によってテンポが違うし、同じ監督でも作品によっては違ったテンポで撮ろうと考えていたりもする。俳優によっても芝居のスピードは変わってくるのだ。
余談だが、夏八木勲という俳優は芝居の間が長かった。夏八木勲は言うまでもなく、各種映画賞で演技賞を何度も受賞した名優だ。私は毎日放送(MBS)の昼帯ドラマ「ショコラ」で、監督として御一緒した。足を洗ったヤクザの親分がケーキ屋を始めるという話で、夏八木さんはその元親分の役だった。
ドライリハーサルをやって仰天した。芝居の間がとてつもなく長いのだ。セリフを喋る前の間や、セリフとセリフの間隔が長いのだ。モチロン、その間は芝居をしている間だ。その長い間を含めて、演技としてはちゃんと成立している。良い芝居と言っていい。
だが「ショコラ」は30分番組だ。正味は22~3分ぐらいしかない。演技がいくら素晴らしくても、尺にはまらなければ意味がない。記録さんの顔を見ると、「ダメです」と首を振っている。
しかし俳優に、しかも芝居の間を持ち味にしている俳優に、「間を短くしてくれ」とは言いにくいものだ。しかも、夏八木勲はビッグな名優だ。「そのまま芝居をしてもらって、編集で切るか?」とも思った。だが私は、そういう形で逃げるのはイヤだった。意を決して夏八木さんに直接頼んだ。「大変申し訳有りませんが、尺にはまらないので何とか間を短くしてください」。ジロリと睨まれた。怒鳴られるのか?夏八木さんが随分間を置いて、言った。「わかった」。ホッとした。それでもシーンが変わるとまた間が長くなる。私はドライリハーサルの度に「間を短く」とお願いした。
これは、夏八木さんの責任ではない。夏八木さんの芝居の間を考慮しないで台本を作ったPと、それをOKした監督・私のミスだった。このように前もって尺の計算をするのは難しい作業だ。
監督によって様々な尺感覚
監督のコンテが完成すると、そのコンテをもとに記録さんが尺を計算する。そしてその結果を監督に報告する。「このコンテで撮ると〇分オーバーしますよ」あるいは「△分ショートしますよ」と。
この数字の受け止め方は監督によって様々だ。私の場合は2時間ドラマだと、「3分オーバー」はちょうどいい感じだ。現場で思い付いて膨らまして撮る傾向にあるので、最終的には7~8分オーバーぐらいになる。これぐらいのオーバーだと、編集で切りながらテンポを出していきたいので、丁度いい。撮る前に10分以上もオーバーしていると、撮影現場で膨らませる余裕がなくなる。そういう場合は、5分オーバぐらいになるように、撮影前に台本上でカットしていくことになる。
仕事仲間の木村正人Pの話では、「温泉医者ぽっかや診療所事件カルテ(2時間ドラマ)」などを撮っていた中山史郎監督は、撮入前の尺計算で10分以上オーバーになるように台本を作っていたようだ。私以上に編集でテンポを出すことを狙っていたのかもしれない。
必殺シリーズ(1時間ドラマ)などを撮っていた田中徳三監督は、記録さんに「オーバー分が絶対3分以上にならないように」と厳命していた。3分以上撮るのは無駄だと思っていたのか。ある時、目撃した。撮影終了直後だった。記録さんが田中監督に尺の報告をした。「オーバー3分45秒です」。笑っていた監督の顔が、途端に不機嫌になった。「無駄な時間を使うてしもたな」そうぼやきながら雀荘に向かった。ちなみに田中監督の大映時代からの仇名は、「ぼやきの徳さん」だったという。
同じく必殺シリーズを撮っていた工藤栄一監督は、田中監督とは正反対に、尺のことは全然気にしなかった。記録さんは毎日尺の報告をしていたはずだ。「相当オーバーしているらしい」と噂が流れても、まったく意に介する気配がなかった。結果、撮り終わって10分オーバーとか15分オーバーとかになる。酷い時は30分オーバーという回もあったようだ。1時間番組でそのオーバー分を切るとなると、普通ならストーリーが分からなくなる可能性が高い。だが、仕上げでも工藤監督の剛腕が炸裂した。私は心配しながら試写を見た。面白いのだ。多少ストーリーが分かり難いところがあっても、見ている者を強引に工藤ワールドへ掻っ攫っていくのだ。最盛期の頃の工藤監督はそういう剛腕ぶりを随所に見せつけた。
尺読みがピッタリの記録さん
私が組んだ記録さんの中で、尺読みがピッタリあう記録さんがいた。朝日放送(ABC)の「部長刑事」や「土曜ワイド劇場」、MBSの「ドラマ30」などで組んだ松橋香織くんだ。私が50歳台の時に20歳台の前半だったから、随分年の離れた若い記録さんだった。専門学校を出て数年というところだったのだろう。初めは見習いで就いていたが、数カ月で一本立ちになった。
2~3年してフト気が付いた。私と組んだ時の、松橋くんが計る撮影前の尺読みが合ってきたのだ。彼女が撮影前に「3分オーバーです」と言うと、撮影終了後の尺数もほぼ「3分オーバーぐらい」で収まるのだ。私がかなり力を入れて撮ったシーンの後、「このシーンちょっとオーバーしたか?」と訊くと、「皆元監督はこれぐらい撮るだろうと計算していました」と答える。それが毎回のように続くのだ。
これは息が合うというのか?いやそうではない。松橋くんは、私のクセというか演出の特徴を、良く観察していたのだ。「皆元はこういうシーンは膨らまして撮るぞ」とか「ここはサラッと演出するだろう」とかを、読めるようになったのだ。確かに彼女と組む回数は多かったかもしれない。だが、記録を初めて2~3年だ。こういう事ができたのは、努力もさることながら、彼女のセンスの良さだろう。
こんなスタッフと巡り合うと嬉しくなる。しかも、監督がもっとも頼りとする記録だ。彼女とは末永く良いコンビが組めそうだと思っていた。彼女のお父さんとも知り合って、年賀状を交換するまでになった。だが残念なことに、彼女は突然記録を辞めてしまった。理由は分からない。
【Episode22】To Be Continued
※次回は2025年8月27日(水)に投稿予定です。
お知らせ
スマホではこの後に、私が関知していない目障りな広告が掲載されるようです。皆さんのお目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。
摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄 舍利子
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色
受想行識亦復如是 舍利子 是諸法空相
不生不滅 不垢不浄 不増不減
是故空中 無色 無受想行識
無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明
亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽
無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃
三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰
羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
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ヨウちゃん
が
しました