【Episode22】
京都映画での監督稼業
──まだまだ続く二足の草鞋
その15
前号まで
「監督とはどういうことをする職業か」ということを書いている。前号では撮影に入る前のメインロケハン、最終打ち合わせ、それに監督の作ったコンテをもとに尺(作品の長さ)を管理するスクリプターの仕事などを書いた。
クランクインは「お祓い」から
いよいよ撮影開始日を迎える。撮影前に京都映画では──多分京都の撮影所はみんなそうだったのだろう──新しい作品やシリーズがクランクインする日の朝には必ず行う儀式があった。撮影所内の御社に車折神社の神官に来てもらって、撮影の安全とヒット祈願のお祓いをしてもらうのだ。正しくは修祓式というらしい。特に怪談シリーズの場合は、シリーズの頭だけではなく、話数が変わるごとに毎回お祓いをしてもらった。
「馬鹿らしい」と、それに参加しなかった照明助手がいた。その助手はお祓い直後、ほんの5分後に足場から落ちて救急車で運ばれた。私はそれを目撃している。お祓いをバカにしてはいけない。ツルカメ、ツルカメ。
ちなみに私は、学生時代から宗教というものに反感を持っていて、神社や寺院に行っても手を合わせなかった。「宗教は阿片」というわけだ。だが、子供ができて変わった。なにかそういう自分以外の大きな力に、子供の無事を願いたくなったのだ。それ以来、神社や寺院に行くと、家族の無事を願って手を合わせるようになった。
さて、テレビ局系にはクランクインに際して修祓式を行うという習慣は無かったらしい。東通企画に移ってから、テレビ局内制作や東通企画制作の作品に参加したが、お祓いはしていなかった。だが、京都映画出身の元村次宏クンが東通企画のPになってからしばらくして、修祓式を行うようになった。東京支社近くの日枝神社でお祓いをして貰った。修祓式ではPと主演俳優それに監督がスタッフを代表して神前に榊を捧げる。お陰で、その作品には大きな事故は起こらなかった。ツルカメ、ツルカメ。
車折神社は「借金取りの神様」?
チョイと横道に逸れる。京都映画では修祓式に、京福電鉄嵐山線で2駅西の、車折神社の神官に来てもらっていた。車折神社は赤い鳥居や玉垣がキレイな神社だ。ロケも良く行われる。さらに余談だが、その鳥居の近くに、必殺シリーズに出演していた頃の山田五十鈴さんが住んでいたそうだ。
車折神社は、芸能の神様ということで知られている。参道には俳優やタレントさん、それにあらゆる芸事の関係者、さらには色町の芸妓さんや舞妓さんたちの名前が書かれた玉垣が、ズラリと並んでいる。行ってみれば、知っている芸能人の名前を発見できるだろう。
実は車折神社はナント、「借金取りの神様」としても知る人ぞ知る神社なのだ。その証拠に、社殿の前にうず高く積み上げられた石を見てみるよい。「〇〇さんに貸したお金が返って来ますように」とか「△△会社への売掛金が回収できますように」とかいったことが、ビッシリ書かれている。
なぜ車折神社にお願いすると、借金が返ってくるのか?どうもこういうことらしい。江戸時代に「都名所図会」という、京都の名所案内の本が出版された。その中に、車折神社は「五道冥官降臨の地」と書かれていた。五道冥官とは怖~い閻魔大王のいる閻魔庁で、死者を極楽に行くか地獄に行くか決める役目を負っている者らしい。それを読んだ先斗町や祇園の女将たちが、「売掛金(花代)を払わないと、車折神社に降りて来た五道冥官に訴えて、地獄に落としてもらいますよ」と、小石に訴えを書いて願をかけたのが始まりらしい。近頃のSNSと同じようなことが、江戸時代にも流行したということか。クワバラクワバラ。
ロケ出発
横道から戻る。修祓式が済むといよいよクランクインだ。京都では全員撮影所出発だが、東京の場合はバラバラに出発だ。撮影部や照明部・美術部はそれぞれの車両でそれぞれの会社から出発する。車でロケ現場に直接行く俳優さんは自宅出発だ。それ以外のスタッフや俳優さん・エキストラは新宿で集合出発する場合が多い。新宿はひと昔前は新宿西口のスバルビル前集合出発だったが、いまは新宿郵便局西側だ。
まず、制作部と衣装・メイクなどが本隊(メインスタッフ)の1時間ぐらい前に出発する。制作部が前もって準備した撮影現場又はその近くの支度場で、1番手に出演する俳優さんを待ち構えるためだ。女優さんの支度は時間が掛かるので、撮影本隊よりも早く出て準備するのだ。
先発隊の後にメインスタッフや俳優・エキストラが出発する。朝7時前後に新宿郵便局前に行くと、道路の両サイドにロケバスなどのロケ車両がズラリと並んでいる。6時~8時の間に、多い時は10組以上がここからロケ出発するのだ。中には間違えて、違う組のロケバスに乗ってしまうスタッフやエキストラが結構いるらしい。
実はここは情報交換の場でもある。組は違うが知り合いのスタッフ同士が、「〇〇局の刑事ものが✕✕プロで1ヶ月後にインするらしい」とか「△△プロが助監督セカンドと制作部を探しているよ」とかの情報が飛び交うのだ。フリーのスタッフには貴重な情報収集の場となっている。監督というのは他の監督とは会う機会が少ないものだが、ここで思わぬ先輩監督に逢って、ペコペコ頭を下げたりして、後でスタッフにからかわれたりすることもある。売れる売れないは関係ない。先輩は何処まで行っても先輩なのだ。
7時より前に出発する場合、スタッフや俳優・エキストラに朝食が配られる。「おにぎり2つに唐揚げ(ゆで卵)お茶付き」みたいな弁当だ。ロケバスなどのロケ車両に乗って、この弁当を食べながらロケ場所に向かうのだ。
「コンガス」というロケ車両会社
ちなみにロケ車両は、その作品の間は契約したロケ車両会社の車両とドライバーを使う。私は東京の仕事をするようになって、1997年ぐらいからほとんど「コンガス」という会社と組んで仕事をした。倉増さんという方が社長だが、大変にお世話になった。自身もロケバスを運転していて、いつもニコニコして現場を和ませてくれた。倉増さんはロケバスの運転席の横にコンロを置いていた。最初のロケ地で味噌汁を作り、移動中も運転しながら味噌汁の大鍋を温めていた。信号で停止中に蓋を開けて掻き回したりした。運転中、鍋の中の汁が零れたのを見たことがない。凄いテクニックだし、何があっても対処できるような安全運転を心掛けていたわけだ。
そして、その味噌汁を昼食になったらスタッフや俳優さんに振る舞ってくれた。冬場などは暖かい味噌汁が有難かった。私が監督とPを兼ねていた時は、無理を言って料金を安くして貰ったりもした。義理堅い方で、京都で行った「松本明さんを偲ぶ会」には、毎回わざわざ東京から参加してくれた。
コンガスは、ドライバーさんたちも素晴らしかった。地方ロケでは、ホテルの中の撮影日には車両チームは休みになる。そんな日でも、翌日のロケのためにロケ場所までのルート確認や駐車場所の下見に行ってくれるのだ。まさしく、「プロとはこうだ」という仕事振りだった。
それだけではない。立山で行った土曜ワイド劇場「道原伝吉」のロケでは、標高2500mのホテルから雪道を歩いて、ロケ現場までかなりの距離を移動しなければならなかった。高低差も相当あった。朝、ホテルの玄関を出て驚いた。コンガスのドライバーさんたちが、みんな機材を背負って待っているのだ。雪山の中。その日一日中、彼らは荷物運びをしてくれた。帰りは延々と続く深い雪の登り坂だった。小さな荷物1個だけを持った私ですら、青息吐息だった。「夜の撮影は中止にしてくれ!」。こう叫んだのは長い監督生活中、この時だけだった。その日は、それほどキツイロケだった。ドライバーさんたちは、最後まで荷物を自分の足と手と背中で運び続けてくれた。本当に感謝感激だった。こういったチームで撮影できた私は、幸せものだった。
撮影現場
さてさて、ドラマの現場ではどのような段取りで撮影が行われるのか。撮影現場に着いて各部の準備が終わると、俳優さんが呼ばれ多くの場合ドライリハーサルが行われる。撮影所では「段取り」とも呼ばれるが、キャメラを使わずに、俳優さんに1シーンを通してお芝居・動きをしてもらうのだ。このリハーサルのやり方は監督によって随分違う。また力を持った主演俳優だと、彼等のやり方で進められたりもする。若山富三郎や勝新太郎はそうだった。
スタッフが芝居をする黒澤組
まずは極端な例から。あの世界の黒澤明組に就いていたスタッフから聞いた話。黒澤組のリハーサルでは、まずスタッフが俳優さんに変わって芝居をしたそうだ。黒澤監督の指示に従ってスタッフが配置に付き、セリフを喋りながら監督の指示通りに動いたという。黒澤組はほとんど固定されたスタッフだ。仲代達矢役は助監督の〇〇、寺尾聡役は照明の✕✕と決まっていたそうだ。俳優はそれを見て自分の動きを確認してテストに臨んだという。俳優にできるだけ楽をしてもらって、良い芝居をしてもらうのというのが目的らしい。
黒澤組の場合、監督が絶対だ。監督の指示通りに俳優が動かないということは無かったので、まずスタッフが動いてみるというリハーサルが成立したのだろう。さらに、その後の俳優によるテストは、テストというよりは「稽古」だったようだ。黒澤監督が納得するまで稽古が続いたという。
勝新太郎は監督の指示と関係なく、自分の演じたいように芝居をしたらしいが、1980年公開の「影武者」で黒澤明と初めて組むことになった。一体どうなるのかと、映画関係者は注目していた。大映関係者はほぼ全員が、「絶対上手くいかへんで」と断言していた。結果は、勝新太郎が自分の演技の確認のために、現場に自分用のキャメラを持ち込もうとして黒澤明と衝突。あっけなく主役を降板してしまった。だが、大映関係者の全員が言う。「『影武者』は勝新太郎が演じていたら、もっと凄くなっていたはずだ」
一般的なドライリハーサル
私を含めて撮影所出身の監督の多くは、まず自分が作ったコンテを説明し、それに従って俳優さんに動いて貰うことが多かったのではないか。私の場合は、まずそのシーン最初のポジションを俳優さんに指示した。そして「それではやってみましょう。ヨーイ、ハイ」で演技を初めて貰う。進行中は適宜に「そこで立ちましょう」とか、「はい、そこで振り向きましょう」、「そのセリフは近づきながら」とか指示を出す。私の思った演技と違えば、「まだ立たないで」とか「振り向くのをもう少し我慢しましょう」とか「もっと、ゆっくりいたぶるように近づきましょう」とかの指示を出した。ただ、その時の言い方には気を使った。新人には「監督の意図はこうだぞ」という感じで、ベテランやそれなりの俳優さんには、「それも悪くないけど、私はこうしたいんですけどね」という感じで。
もちろん一度動いてみて、不都合な動きや芝居は手直しし、俳優やスタッフの意見やアイデアも聞いて修正するのだ。その時はちゃんと相手の話を聞いて、説得が必要な時は丁寧に説明する。俳優さんの場合丁寧に説明をすれば、不思議なことに大物の俳優さんほど、「分かった」と納得するのが早かった。「納得する」と書いたが、俳優さんの本音は「はいはい、分かった分かった。もういいや」だったかもしれないが。
ドライリハーサルをやらない監督たち
撮影所出身監督のもう一つのやり方は、このブログで何度も出て来た三隅研次監督や工藤栄一監督のやり方だ。三隅監督は、いまから撮るシーンを通した俳優の動きや撮り方の説明を、俳優にもスタッフにもしなかった。次に撮るカットだけを宣言した。何度も書いたが「次、ここから3人のフルショット」という具合だ。そしてそのカットの動きだけを説明した。これが最初から最後まで続くのだ。監督の頭の中に、完成までの映像が全部でき上っているような気がした。
工藤栄一監督の場合は、アイデアの閃きを重視した撮り方だったように思う。撮っていくに従って次から次からアイデアが湧いてくるようだった。従って、「この後どうなりますか?」と訊いても、「わからん」と答えていた。だからほとんどが順撮りだった。
テレビ局系監督のドライリハーサル
一方、テレビ局やテレビ局系制作会社出身の監督やディレクター(D)の場合は、かなり様相が違うようだ。もちろん彼等も、前もって俳優の動きや撮り方を考えているはずだ。だが、現場ではまず俳優に自由に動いて貰うことが多いようだ。そのシーンの冒頭の俳優の位置や途中で入ってくる俳優の方向・入口だけを決めて、その後の動きは俳優にやりたいように動いて貰うのだ。そうして動いてみた1回目のドライリハーサルの後、都合の悪いところは修正し俳優も気持ちの悪いところは修正していく。それを繰り返して、俳優も監督も「いい感じ」となるところまで作り上げる。動き・演技が固まった後、それをどう撮るかを監督があるいは監督とキャメラマンが相談して決める。こういった感じではないのだろうか。
これはそのシーンに限って言えば、当り外れの少ないやり方だ。なにしろ俳優も気持ちよく芝居ができ、監督も「いける!」と感じるシーンにでき上っているのだから。後はどうやって撮るかだけだ。下手な撮り方さえしなければ、そこそこのでき栄えのシーンになる。
「さっぱりわからん」映画がグランプリに
だがそういった撮り方は、とんでもなく凄い作品はでき難いかもしれない。世に出た大傑作と言われる作品は、監督のがむしゃらな演出意図によって出来上がった場合が多いからだ。ヴェネツィア国際映画祭でグランプリを取った黒澤明監督の「羅生門」。その出演者やスタッフたちは、あの作品のテーマや黒澤監督の表現意図をしっかり納得して演じたり撮影していたのだろうか?私が関係者に直接聞いた話では、「羅生門」に就いた助監督たちは、「さっぱりわからん」と首を捻りながら撮影していたということだ。映画・ドラマとは、なんと奥深い世界であることか……。
【Episode22】To Be Continued
※次回は2025年9月10日(水)に投稿予定です。
お知らせ
スマホではこの後に、私が関知していない目障りな広告が掲載されるようです。皆さんのお目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。
摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄 舍利子
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色
受想行識亦復如是 舍利子 是諸法空相
不生不滅 不垢不浄 不増不減
是故空中 無色 無受想行識
無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明
亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽
無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃
三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰
羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
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