Episode22
 京都映画での監督稼業

    ──まだまだ続く二足の草鞋

その17

 

前号まで

 「監督とはどういった仕事をする職業なのか?」について書いている。前号ではドライリハーサルについて詳しく書いた。今回はその次の段階であるテストや本番での監督の動きや考えていることについて書いてみたい。

 

テスト・本番の前に

 これから撮るシーンのドライリハーサル(1シーンを通してのカメラを通さないリハーサル。撮影所では「段取り」、監督によっては「稽古」という人もいた)が終わると、いよいよカットごとにテスト・本番ということになる。だがその前に、私の場合は俳優に演技の指示をしたり、俳優からの相談を受けたりした。また、キャメラマンと撮り方の確認や打ち合わせをした。ドライを見て撮り方を変更する場合もあるからだ。次に撮影する順番(撮り順)をキャメラマンと助監督チーフを交えて打ち合わせた。

 

されど「撮り順」

「撮る順番などどうでもいいのでは」と思うかもしれないが、これが意外と微妙でバカにできないのだ。たかが「撮り順」されど「撮り順」というところだ。まず、撮り順は誰が決めるのか?これによってその組の力関係が分かる。例えば、「必殺シリーズ」。ほとんどの組では石原興(いっさん)キャメラマンが決めた。必殺の場合あまりドライはやらなかった。「開始しまーす」と助監督が叫ぶ。スタッフが集まって来る。第一声はいっさんだ。「監督、どう撮るの?」。監督がコンテや俳優の動きを説明する。

確率はあまり高くないが、いっさんが監督のコンテをすんなり受け入れた場合。「ほな2カット目からいこか」といっさん。スタッフがそれで一斉の動き出す。カット2が終わる。いっさん「次、1カット飛ばして、おきんから伴次にパンいくぞ」。みたいな感じだ。監督が「次、主水のアップ撮って」と言うと、「最後、主水にズームしといたからそれでええやろ」。てな感じでいっさん主導でどんどん撮影が進んだ。

だが、多くの場合、監督がコンテや俳優の動きを全部説明し終わることは、まずない。「それ、オモロないな」といっさん。まだ説明の途中だ。「1カットでいこ」。監督をそっちのけにスタッフがいっさんに注目する。「主水はんから出て、こう動いて伴次と入れ込みになって、そこへおきんが入ってきて、おきんのこういう動きに付けて、最後は手前に主水その後ろにおきんと伴次や。ラストは主水にズーム。これでどや」。そういって監督を含めたスタッフを見廻す。この場合、撮り順を決めるというより、いっさんがコンテを作ってしまうという感じだが。

次はいっさんもある程度意向を尊重しなければならない監督。例えば「必殺シリーズ」を発注していた朝日放送の社員監督の場合。監督の説明、或いはドライの後、いっさんが監督の意向を尊重した上でいろいろアイデアを出す。その後は、いっさんが撮影の指揮を執る。撮り順も「次、コレ」「次、コレ」といっさんが指示を出す。これも完全に撮り順キャメラマン主導型だ。

 

撮り順監督主導型

しかし、これが工藤組になると一変した。工藤栄一監督は何度も言っているようにドライリハーサルも説明もしない。「撮影開始しまーす」の後、いきなり「よーし、ここに穴を掘れ!」や「この欄間を外せ!」から始まる。まずスタッフを驚ろかすのだ。スタッフが鶴嘴やスコップで穴を掘る。工藤組が土方組と言われる所以だ。その間に監督が叫ぶ。「刀持って来い!」。助監督が急いで刀を取りに走る。刀をギラッと抜いた工藤監督が、切っ先を穴に向ける。「ここからローアングルでワイド(ワイドレンズで撮る)。足なんかいらん、手持ちや。前に侍を全員並べろ。〇〇(俳優の名前)は真ん中。△△はその横。一列になってどうすんねん。もっとジグザグに!そうそうそうや。目線はレンズの上。助監督、ヨノスケ(筆者)目線を作れ!ええか、ヨーイ、スタートで、こうやってレンズの前にガバッと切っ先が出てくる。動け侍ども!パッパッと動いて構えるんじゃ!行くぞ!よー見とれよ、刀がグァーと侍どもに迫る。カメラ付いて来い!こうじゃ!(と侍たちのド真ん中に斬り掛かる)〇〇、斬ってこい!そんな舞踊みたいな斬り方で人は斬れんぞ。ここへ斬ってこい。ここや!」。こうやって俳優もスタッフも、グングン引っぱっていく。いっさんもこの間は口を挟む余地がない。撮り順?決まっている。順撮りだ。

三隅研次監督の場合も、ドライも説明も無い。いっさん以下スタッフ全員が監督が言い出すのを待っている。「こっから、4人入れ込みのカットいきまひょか」「次はネーちゃんねぶり(ナメ)のおっさん」と、撮影は進んで行った。撮り順?コンテすらさっぱり分からなかった。

 

撮り順をキャメラマンとチーフ任せ

以上は例外中の例外ばかりかもしれない。さて、私の場合だ。私が監督の場合は普通過ぎて全然面白くない。だが、普通の撮影とはどういうものかを分かってもらうために、敢えて書く。京都映画時代は撮り順は特別な場合以外は、キャメラマンと助監督チーフに任せた。私たちのチームは、キャメラマン以下スタッフが監督のコンテをほぼ尊重していたし、後に出てくる撮り順の原則にほぼ忠実だったので、自然にキャメラマンかチーフかが主導して撮影を進めて行っていた。時によっては、私が主導した場合もあった。アクションシーンやついつい前のめりになってしまうシーンだ。そういうシーンだと、自然に「次、これ」「次、これ」と私が前に出て仕切っていた。従って、撮り順を誰が決めるかということを、特に意識することは無かった。

東通企画になってからは、チーフの力量次第だった。信頼できるチーフだと撮り順も任せた。そのころ組んだビデオのキャメラマンは、あまり撮影の主導権を執るという習慣がなかったこともある。しっかりしたチーフは、抜け目なくキャメラマンや照明技師の了解を取って撮り順を決めるものだ。そういう心使いがいいチームワークを生み出す。力量が不安なチーフの場合は、私が直接スタッフ全員に聞こえるように「次はカット3」「次はカット5」と指示を出した。

 

現場指揮が抜群のクリちゃん

1998年、土曜ワイド劇場「花吹雪美人スリ三姉妹」で、栗林克夫(クリちゃん)キャメラマンと組むようになってからは、撮り順は彼に任せた。クリちゃんは非常に優秀なキャメラマンで、尚且つ私にとって仕事がやり易いキャメラマンだった。素晴らしい画を撮るだけではなく、合理的かつ演出的な配慮もしてくれる最高の現場指揮官だった。私が信頼しているので、チーフは栗ちゃんに相談しながら撮り順をコールしていた。クリちゃんは基本的には最も早く撮れる方法を考えていた。その方法とは、できるだけ順撮りに近い撮り方だった。もちろん単純なカットバックは抜いて撮ったが、外ロケではほとんどが順撮りだった。

彼の持論は「抜いて撮る説明をしているより、順番に撮った方が俳優やスタッフの混乱はないし、結果的に早い」だった。そのために、私が本番のカットを掛けOKを出すと、ベースがプレビューをしている間に、次のポジションにキャメラを移動するのだ。照明部や音声部もそれに従う。プレビューは、ちゃんと収録できているかの技術的な確認作業だ。撮り直しの確率は低い。従って、プレビューが終わるころには、次のカットのスタンバイがほぼ終わっているわけだ。外ロケの場合は照明はほとんど人物だけなので、キャメラさえ早く動かせばセッティングに手間はかからない。このやり方は、監督にも俳優にもストレスが溜まらないので好評だったし、何より早く撮れた。私と栗ちゃんが組んだ撮影はスケジューラー泣かせで、いつもスケジュール表よりも2時間ぐらい早く終わった。そんなだから、帰りのロケバスの中では、差し入れのビールで気持ちよく乾杯しながら帰路につけた。スタッフの固い結束はこういうところからも育っていくというわけだ。

 

撮り順の原則

撮り順の原則というものも一応はある。そのシーンのメインポジションからの引きのカット(ルーズショット=LS)をまず撮るのが基本だ。そのシーンの雰囲気をそのカットで固めるわけだ。そのLSを基準にして、美術配置やライティングや前後のカットのアングルやが決まるからだ。

LSの次は、家具なんかを動かして美術的に大きく変わるとか、照明的な変更が無い場合は、多少キャメラポジションが移動しても、同じ向きのグループショット(GS)を撮るのが普通だ。LSGSの間に入るタイトショット(TS)のカットバック(CB)で芝居の雰囲気が大きく変わる場合は、そのCBを先に撮る場合がある。そこは演出的な判断だ。そんな時は、「ゴメン、芝居を固めるためにCBを先に撮らせて」と言ってCBを撮る。

LSやGSの後のTSCBの場合、演出的には質問したり責めたりする側を先に撮る。その芝居の強弱やテンションを先に決めておいた方が、受けの芝居がやりやすいからだ。

人物の配置が手前と奥というようになっている場合、例えば奉行所のお白州や大名屋敷の上段の間などは、LSの殆どは奉行や殿様向け、すなわち低い方から高い方に向けてなので、TSは奉行や殿さま向けから撮るのが、効率的だ。

 

原則を崩した黄門さま

この撮影順の原則を敢えて崩して撮る現場に就いたことがある。東映の「水戸黄門」だ。私は京都映画から派遣されて、助監督セカンドで就いた。水戸黄門は東野英治郎だった。その日、黄門さまが出演するシーンばかり撮っていた。夕方、代官屋敷のお白州みたいなセットに入った。黄門さまが代官屋敷のお白州に連れて来られて、逆に代官を懲らしめるという水戸黄門お得意のシーンだ。

まず、お白州から代官向きの黄門さまが入って来るLSを準備していると、セットに1人俳優が入って来た。その俳優を見て驚いた。頭のてっぺん(頭巾)から足の先まで、黄門さまそっくりの扮装だ。髭まで同じものを付けていた。背丈や体付きも黄門さまそっくりだ。よく見ると東映の大部屋の俳優さんだった。チーフに聞いた。「あれ、何に使うの?」「老公(東映では水戸黄門をそう呼ぶ)の吹替や。東野さんは5時で終わりやからな」「明日も黄門さんの出るシーン一杯あるけど」「東野さんとそういう契約らしいわ。週2回は5時までに終わるって」。

LSを撮ってから監督が叫ぶ。「ドンデンします!」。え!?ドンデンて、まだ代官向きが一杯残っているけど!?ドンデンするとは、キャメラがそれまで撮っていた真反対の方向を向く、この場合代官側から白州向きに撮るということだ。照明からなにから真反対向きに作り直さないといけないので、時間が掛かってしまう。代官向きのカットを全部取り終えてからドンデンするのが、撮影のセオリーだ。それを残してドンデンするなんて、ふつうではありえない撮り方だ。チーフが囁く「東野さんを返した後、またドンデンして吹替で撮るんや」。えー!?2回もドンデンしたら、メッチャ時間がかかるやないか。

それから、黄門さま向きのカットを10数カット撮って、「お疲れ」と東野さんは帰って行った。撮影はまたドンデンだ。今度は黄門さまの吹替を使って、代官向きを埋めていった。「合理化の鬼」と言われた東映には似合わぬ、非効率極まりない撮影だった。

2日後、もっと酷いことが起こった。セットを跨って東野さんの抜き撮りをするはめになった。東野さんを5時までにあげるために、Aステージの撮影分を残してBステージに移動して撮影したのだ。両ステージともに黄門さまを抜き撮りしたのは言うまでもない。最後はまたAステージに帰って残りを埋める撮影をした。まるで工場で製品を作るような撮影だった。

 

大物スターを先に撮る

段々酷い話になる。あまり大きな声では言えないが、「大物の俳優さんを先に撮る」というのが、我々の世界の暗黙の了解としてあるのも事実だ。これは監督よりも、どちらかと言えば周りのスタッフが気にしたようだ。私などは、俳優に過剰な気遣いをしない京都映画で育ったせいか、こういうことに疎かった。時々京都映画以外の現場では、「主役の〇〇さんを先に撮らなくていいんですか?」とキャメラマンや助監督に聞かれたりした。私たちが強い立場だと思っているテレビ局の局内制作のドラマですらそうだった。

 

原則を無視する監督

撮り順の原則を無視する監督もいた。このブログに先ほども登場した工藤栄一監督だ。工藤監督はなんども言うように順撮りに拘った。従って、人物のアップがカット1(C-1)でC-2が引き画の場合も、とにかく第1カットから撮った。そもそも工藤監督の場合、単純なアップのカットというのはほとんどない。最初は単独のアップでも、カット尻でいきなり殴られたり何かを見て走り出してそれをフォローしたりと、なにがしかのアクションが付いて廻るのだ。キャメラもジッとしていない。レール移動を使って集団を追っかけたり、手持ちキャメラでセットやオープンセットを走り廻る。ほとんどのカットがそうなので、撮影時間を短縮すると言う意味での抜き撮りは意味がなかった。第一、キャメラが同じポジションに戻ることはほとんど無い。私が目撃したのは「犬神家の一族」の時の大広間のシーンぐらいだ。そのセットは全体を撮るポジジョンが1ヶ所しかなかったし、遺産相続の親族会議という性格上、キャメラが動き回ると言う演出はありえなかったからだ。工藤作品としては珍しくフィクスの画が多かった。だがその「犬神家の一族」の大広間ですら、抜いて撮ることはしなかった。頑なに順撮りに拘った。そこらあたりの詳細は第9~10回【Episode4映像の魔術師・工藤栄一監督】に書いたので興味のある方は参照して頂きたい。工藤監督の頭の中には「撮り順」という言葉は皆無だったに違いない。たかが「撮り順」。されど「撮り順」。

 

撮り順と言えば、「抜き撮り」が付いて廻る。次回は「抜き撮り」について書いてみたい。

 
               【Episode22To Be Continued   

 

※次回は2025108日(水)に投稿予定です。



お知らせ

 スマホではこの後に、私が関知していない広告が掲載されるようです。目障りだと思われる方もおられると思います。お目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。

摩訶般若波羅蜜多心経

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 

照見五蘊皆空 度一切苦厄  舍利子 

色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 

受想行識亦復如是  舍利子 是諸法空相 

不生不滅 不垢不浄 不増不減 

是故空中 無色 無受想行識 

無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 

無眼界 乃至無意識界  無無明 

亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 

無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 

菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 

心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 

遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 

三世諸仏 依般若波羅蜜多故 

得阿耨多羅三藐三菩提  故知般若波羅蜜多 

是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 

能除一切苦 真実不虚  故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰

羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶


般若心経