【episode2】
「獰猛な演技派~若山富三郎」
その1
とんでもない俳優と仕事をしたことがある。若山富三郎だ。とんでもないというのは、「横暴で乱暴者」だという噂が京都中の撮影所に広まっていたからだ。曰く、「弟子を木刀を持って追い回した」。曰く「助監督をぶん殴った」。曰く、「自分の女に手を出した俳優を『殺す!』と脅した」等々だ。
あの若山富三郎と仕事!なんで!?
1981年私が34歳の晩秋、京都映画の小島製作部次長から演出部、撮影助手、照明部、録音部を連れて東映に行って欲しいと言われた。フジテレビ制作の「時代劇スペシャル」(注1)を東映が受注して関西美工に下請けに出したが、スタッフが足りないらしい。
「関西美工って小道具の会社やないですか。製作なんか出来るんですか?」「このごろ何本かやってるって話や。うちの重役と美工の社長の仲がええのは知ってるやろ。それで泣きつかれたらしいんや。頼むわ」「で、何やるの?」「これや」と台本を渡された。
タイトは「新・御金蔵破り」。監督は大映出身の黒田義之さん。特撮ものが得意な監督だ。この年から「必殺シリーズ」も演出するようになったが、私は一緒に仕事したことはなかった。「主演はだれや?」。ページをめくって驚いた。「わ、若山富三郎!?」。小島次長が気の毒そうに頷く。助監督を何人も殴ったという、あの若山富三郎!!わざわざ東映まで行って、そんな厄介な仕事をしなくても……。一瞬、腰が引けそうになった。
しかし、当時の私はイキガッテいた。1年半前に監督になり、その後も数本の監督を経験していた。「役者が怖くて活動屋が務まるか!」。そんな思いが頭を擡げた。「わかりました。東映に行きます」だが、小島次長に釘だけは刺しておいた。「スタッフが1人でも殴られたら、全員引き上げますよ!」(注1:「時代劇スペシャル」はフジテレビ制作の2時間時代劇ドラマ。1981年4月から1984年3月までゴールデンタイムで放送された。)
若山富三郎登場!
クランクインの三日前、若山富三郎が東映京都撮影所に乗り込んで来た。そのまま俳優会館に入る。俳優会館というのは演技事務の事務所や衣装・結髪・メイク部屋が1階にあり、上の階には俳優さんの控室がある施設だ。スターさんの個室も東映京撮の序列に従って並んでいた。当時は片岡千恵蔵の個室がトップにあり、あまり東映作品には出演しなくなった高倉健の個室も残っていた。その何番目かに若山富三郎の個室があった。
京都映画にはそんな施設はなかった。そのことからも分かるように、東映は他の撮影所に比べてスターの力が強かった。
こんな話を聞いた。東映時代劇の全盛期の頃、片岡千恵蔵が清水の次郎長を演じた映画でのこと。次郎長の子分たちを呼ぶのに「千恵蔵組はこっちです」と叫んだ助監督が、東京撮影所に左遷された。「御大」と呼ばなければいけないのに、「千恵蔵」と呼び捨てにしたことを問題視されとのことだ。嘘のようなバカバカしい話だが、左遷された当の本人に聞いたのだから間違いない。東映のスターシステム恐るべし。
それに対して私のいた京都映画はスターを必要以上に崇めることがなかった。スタッフの力が強かったと言っていいかもしれない。私はそれに誇りに感じていた。私には俳優会館は唾棄すべき東映スターシステムの象徴と思えた。
東映京撮全員が俳優会館に集結!
その俳優会館にゾクゾクと人が集まって来た。誇張ではなく、東映京撮の全部の社員やスタッフ・俳優が集まったと思われた。な、なんだこれは!?顔見知りのスタッフに訊いた。なんと、全員が若山富三郎に挨拶に来たと言うのだ。「ありえない!」。
だが、たちまち若山富三郎の部屋の前から俳優会館の外まで長蛇の列だ。彼らは口々に「先生、お久しぶりです」「先生、宜しくお願いします」などと挨拶していく。東映のスターシステムの習慣なのか?はたまた若山富三郎の人徳か?それとも彼の腕力を恐れてのことか?当時、東映随一のドル箱スターだった千葉真一までもが挨拶に来た。
私たち「新・御金蔵破り」のスタッフも全員挨拶に行くよう言われた。しぶしぶ行列に並ぶ。若山富三郎は部屋の真ん中で、ドッカと胡坐を組んで挨拶に応じていた。東映のスターシステムを良くは思っていなかった私は、いかにスターであれ俳優を「先生」とは呼びたくはなかった。
「助監督チーフの皆元です。宜しくお願いします」とだけ挨拶した。若山さんは「お
う、頼むぞ」と迫力満点の声で答えた。いよいよ獰猛な東映スターシステムの権化との対決だ。
本身の手裏剣で練習
撮影が始まった。その現場は、正直言って驚きの連続だった。若山さんを現場で待たせると、思いもよらぬことが起きた。「与之吉」と持ち道具さんを呼ぶ。「手裏剣を持って来い」。「何で?」と思った。これから撮るシーンに手裏剣は必要ない。しかし、持ち道具さんはスッと手裏剣を出す。普通の持ち道具さんではありえないことだが、彼は若山さんの持ち道具全部をどこにでも持って行っているのだ。これも若山さんに対する恐怖心のせいだろうか?
若山さんが弟子に言う。「旅人の荷物を持って立てぇ」。弟子が発泡スチロールを風呂敷で包んだ荷物を担いで、後ろ向きに立つ。若山さんはそこから十歩ほど歩いて向き直る。「動くなよ」。そう言って手裏剣を振りかぶる。本物の鉄で出来た手裏剣だ。重くて先が鋭く尖っている。荷物の大きさは50cm×35cmぐらい。弟子の頭や腰から下は荷物からはみ出ていた。外れたら大怪我をする。弟子の足が震えていた。「危ない」そう思った。若山さんは平然と手裏剣を投じた。「グサッ」。見事に荷物に刺さった。続けて2発。すべてが荷物に命中した。若山さんが何事もないように云った。「時々は練習せんと腕が鈍るからな」。それ以来私は、若山さんを現場で待たせないように心掛けた。
カントクが2人も?
もっと驚いたのは監督が2人になることだった。黒田監督は的確に指示し、迷いなくテキパキと撮影を進める監督だった。ただひとつを除いて。そのひとつとは若山富三郎が出ているシーンだ。驚いたことに若山さんは自身が出ているシーンは勝手に演じ、共演者の動きも指示する。要するに監督になるのだ。段取り(注2)の時から、監督そっちのけで演出する。若山さんは主役なので、全編の約半分はそういうことになる。
若山さんは現場に台本を持ち込まなかった。セリフは全部入っていた。段取りの様子からすると、共演者のセリフも入っていたのではないだろうか。
「俺がこう動くだろう、お前はどうする?」「こうですかね?」「そうじゃないだろ、こうじゃないのか」という具合に段取りが進行していく。
監督やカメラマンが現場の主導権を取る(当たり前だが)京都映画ではあり得ないことだった。若山さんといい勝新太郎といい、この兄弟の撮影現場はこういうことがまかり通っているらしい。若山さんは一時大映に所属していたことがあり、勝プロ作品にも出演している。大映出身の黒田監督もこういうやり方に慣れているようだった。
監督を経験していた私としては、複雑な気持ちだった。「自分が黒田監督の立場だったらどうするだろうか?」そんな思いで現場にいた。
だが、若山さんの演技には「さすが」と思わせるものも感じていた。ふとした瞬間に見せる表情の微妙な変化が、豪放な演技の隙間できらりと光っていた。(注2:通常の段取りとは、監督のプランに基づいて俳優がセリフを喋りながら動いてみるリハーサル。三隅研次など段取りをしない監督もいる)
原作者は俺だ
助監督には担当があって、サードは小道具、セカンドは衣装・床山・結髪・メイク、チーフは美術となっていた。私はセカンドやサードにとばっちりが行かないように、出来るだけ担当外のことも若山さんと直接に話をすることを心掛けた。
若山さんがセカンドの名を呼んだ。私はスッと近寄り、「何でしょうか?」と訊いた。「明日のロケの衣装はどうなってる?」「旅姿です」「違うな。道服だ」「監督は旅に出た直前のシーンのつながりで、旅姿とおっしゃってましたが」「胴服に宗匠頭巾で変装するシーンだ。原作者の俺が言うんだから間違いない」。
若山さんが「新・御金蔵破り」の原作者!?初耳だった。台本の何処にも「原作者・若山富三郎」とは載っていない。衣装のこともあるので、黒田監督に訊いた。「東映映画の『御金蔵破り』は二十年近く前に大川橋蔵主演で作られたけど、『時代劇スペシャル』の『御金蔵破りシリーズ』は若山さんの原作みたいなもんと言えるかもしれんな。衣装は道服でええよ」。
監督の口ぶりで、「御金蔵破りシリーズ」はきっと若山さんのアイデア満載なのだろうと思った。若山さんは結構アイデアマンなんだ。
立ち廻りをテストなしで本番!?
時代劇だから当然殺陣がある。ましてや「御金蔵破り」シリーズは若山さんの豪快な立ち廻りが売り物だ。だが、若山さんは立ち廻りのテストをしない。殺陣師の三好郁夫さんに自分の役をやらせ殺陣の手を付けさせる。それを椅子に座って見ているのだ。そして「三好、そうじゃないだろう」「こうですか?」「そうだ。そこで市兵衛(若山さんの役名)がトンボを切る」「はい、ここでトンボを切ります」「○○(剣会のメンバー)、もっと踏み込め!」「こうですか?」「そうだ、そしたら××、突っ込んで来い。そうじゃない、入れ違うまでだ!」みたいなことで殺陣の手が決まる。
すると、ガバッと立ち上がる若山さん。「じゃ、本番行こうか」。エーッ、一度も本人が動いていないのに本番!?。しかもあんなに長いカットなのに!?ありえない!他の組では絶対にありえないことだ。
しかし、若山さんの運動神経と体力は凄かった。ぶっつけ本番でも、立ち廻りの手を間違わない。トンボを鮮やかに切る。6尺棒を使って土塀に飛び上がるという離れ業も一発で決めた。
殺陣の後で親しい剣会(注3)の俳優さんに訊いた。「一度もテストなしに本番OKって、若山さん凄いな」。俳優さんが黙って袖をまくって見せた。腕がミミズ腫れのように赤く変色している。「若山さんは刀を本気で当てるんや。竹光でも痛いで」。豪快な殺陣の陰に剣会ありか。(注3:剣会は東映京都撮影所所属の殺陣専門の俳優チーム)
殺陣のサイズが甘い
ただ、ラッシュ(注4)を見て思った。カメラサイズがどうも甘いのだ。引いたサイズでは若山さんの抜群の体技や素早い動きが生かされていない。京都映画から参加している撮影助手の秋田君(秋ちゃん)に訊いた。「なんであんなに甘いサイズなん?」「怖いねん」「怖いって何が?」「Aさん(大映出身のカメラマン)は若山さんの動きを外すのが怖いんや。本人の動きを一回も見てないからな」。若山さん本人で一度もテストをしていないこと、そして若山さんの動きがあまりにも速いので、NGを出すのが怖くてついついカメラサイズ引いてしまうということだ。
確かに、本番が終わって荒い息で「OKだろう!」と叫ぶ若山さんに、「もう一回お願いします」とは言えない雰囲気だった。それにしても、「もっとタイトな方が面白いのに」というカットがいくつかあった。もったいない!(注4:ラッシュとは撮影状態確認のための未編集プリント。またはその試写。)
もう1回!?なんでだ!
Aカメラマンが1度だけ「もう一回お願いします」と言ったことがあった。浜松砂丘のロケだった。小高い砂丘の上にトランポリンを置き、そこから主人公の市兵衛が飛び上がって斜面に着地。転がり落ちながら刺客団を斬りまくるというカットだった。
本来なら吹替のスタントマンを使い、最初のカットを引きの画で砂丘に飛び降りて転げ落ちるまで撮る。次は寄りのカットに変えて、転がりつなぎで若山さん本人の立ち廻りを撮るというのが常道だった。
当然、私は監督と相談してスタントマンも用意していた。だが、若山さんは「全部自分でやる。ワンカットで撮れ」と言った。その時54歳。すごい人だと思った。
スタントマンと三好さん、それに剣会の刺客たちでアクションと殺陣の手を決めた後、相変わらずテストなしの本番。トランポリンで高く飛び上がった若山さんは5~6メートル下の斜面に見事な着地。そのまま斜面を転がり落ちる。勢いそのままに立ち上がり、一気に数人の刺客を叩っ斬った。素晴らしい体技と立ち廻りだった。「カット」が掛かると「OKだろう!」と誇らしく叫ぶ若山さん。一拍遅れてAさんが言った。「も、もう一回お願いします」「もう一回!?なんでだ!」若山さんが獰猛な顔で怒鳴る。「カ、カツラが……」。よく見ると若山さんのカツラが歪んでほとんどハズレそうになっていた。砂丘に飛び降りた直後の回転で外れたらしい。たちまち若山さんの顔が朱に染まる!憤怒の形相になる!スタッフの間に緊張が走った。若山さんの感情が爆発する前触れだ。床山を怒鳴りつけるのか?弟子に八つ当たりしてブン殴るのか?
To Be Continued
※続編は来週水曜日アップの予定です
コメント
コメント一覧 (4)
ヨウちゃん
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ヨウちゃん
が
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ヨウちゃん
が
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スターシステムがお嫌いなのを承知の上であえて伺いますが
スターシステムが崩壊していい環境になったと思いますか?
またアイドルはいてもスターのいない今の邦画界はこれで正解だと思いますか?
不躾な質問で申し訳ありませんがスターシステムの悪い部分もあるのは重々承知の上でお伺いいたしたくコメント致しました。
ヨウちゃん
が
しました