Episode22
 京都映画での監督稼業

    ──まだまだ続く二足の草鞋

その2

 

前号まで

 これまで【E22】では、「監督とはどんな仕事をする職業なのか?」につて書いてきた。このエピソードもそろそろ終盤に差し掛かる。前回はダビング(MA)作業まで書いた。監督はテレビドラマの場合、ダビングが終わると初号試写までほとんどすることがない。後は編集部とキャメラマンの作業になる。少しマニアックになるが、ダビング後の編集部やキャメラマンの仕事について書いてみよう。

 

ダビング後の編集部の作業

編集部はダビング直後、すぐにネガ編集に入る。作業用のポジフィルムで編集され、オールラッシュやダビングに使ったラッシュフィルムと同じ寸法で、ネガフィルムを繋いでいくのだ。ネガ編集は決してミスが許されない作業だ。ポジフィルムはネガさえ残っていれば、いくらでも追加で作れる。だが、ネガが無くなったり傷ついたりすると、手の施しようがない。従ってネガ編集の作業は慎重にならざるを得ないのだ。

ネガ編集は作業そのものが面倒だ。まず、ネガフィルム自体が非常に見難い。ネガと言う名の通り明暗が反転しているし、色もオレンジ一色なので誰の顔なのかも判断しづらい。そこで頼りになるのが、フィルムに焼き付けられたエマルジョンナンバーだ。フィルムには売られる缶ごとに固有の番号が付いていて、その番号がフィルムに焼き込んである。さらにフィルムの頭から何フィート目という数字も焼き込まれているのだ。従って編集部は「このカットの頭は、エマルジョンナンバーが〇〇の、頭から✕✕フィート目の、△△コマ目」とポジフィルムに焼き込まれたナンバーを読み込んで、そのナンバーと同じネガフィルムの個所を探し出して繋いでいくのだ。まことに気の遠くなるような作業だ。

またフィルムを繋ぐ作業も難しい。繋ぐ場所を決めてスプライサーでフィルムをカットする。そして画が写っていないフィルムの狭い端っこを削って、そこに接着剤(セメント)を塗布し、そこにもう一方のカットの端を重ね合わせて貼り付けるのだ。この接着剤の加減が難しい。少なすぎるとフィルムが外れてしまう。反対に多過ぎればそれが滲み出して、プリントを焼いた時に画面の端に変な模様が出てしまうのだ。映画やテレビドラマを見ていて、カットの変わり目に画面の端がフワッと明るくなるのはそのせいだ。

 このようにネガ編集は、非常に繊細で根気のいる作業だ。極めて重要な仕事なのに、あまり注目されることのない縁の下の力持ちだ。私が在籍していた当時の京都映画では、ネガ編集は編集助手の関谷ちゃんが担当していた。

 

編集助手関谷ちゃんのこと

チョコッと脱線する。私たちは助監督時代に、関谷ちゃんには大変お世話になった。京都映画の助監督はセカンドになると、予告編を作る機会が与えられるようになる。普段はチーフが作るのだが、チーフが忙しかったりすると、「次、お前が作ってみろ」と任されることがある。私もチーフの家喜さんから言われて初めて作った。

予告編は予告用に撮らして貰ったカットや、NGカット、本編では使わないカットで作った。予告用で撮り損ねたがどうしても使いたいカットは、編集部に頼み込んでデュープ(複写)してもらった。そういったポジフィルムを、ドッサリ編集部に用意して貰い、編集室に籠る。使う編集機はムビオラ。「ドドド」と電動モーターで動く編集機だ。助監督のセカンドやサードは、ほとんど使う機会がないムビオラだが、編集の園井さんが使っている姿がカッコ良いので、頼み込んで使わせて貰った。編集はほとんど初めての経験なので、やや興奮気味になる。

あれもこれもと、「これは!」というカットを繋いでいった。途中で構成を替えたり、前後の繋ぎも色々変えた。散々迷いながら、四苦八苦しながらのマル1日。やっと繋ぎ終わって尺を計ると、10分にもなっていた。予告編は30秒と決められている。20倍だ。「これはいかん」と、必死に切って行った。「これ以上は切れない」と計ってみると、まだ5分もある。困った。

奥の部屋でネガ切りをしている関谷ちゃんに声を掛ける。「これ以上切られへんねん。頼むわ」。関谷ちゃんは予告担当の編集マンも兼ねている。「どれどれ」とムビオラを覗く。ドドドとモーターが響く。「これもいらん」「これもカット」「これは長すぎる」。私が「あ!」「いや、それは!」「それだけはー!」と言っている間に、情け容赦なくドンドン切っていく。ほんの10分。「できたで」そういってムビオラの席を替わってくれる。見た。切れていた。キッチリ30秒。落ち込んだが、納得した。たぶん、助監督の殆どがそういう経験をしたはずだ。関谷ちゃんの「神業」とも思える「切魔」ぶりだった。

 

ゾウや軍艦を喰った男

 さらに脱線する。「縁の下の力持ち」で思い出した。京都映画での、もう一人の「縁の下の力持ち」の話だ。撮影済みのフィルムを東洋現像所(現・イマジカ)に運んだり、現像済みのフィルムを現像所から撮影所に持ち帰る仕事をしていたスタッフがいた。「アダチのお父(とう)」だ。私が京都映画に入った頃は、すでに相当な年齢だったような気がする。製作部を入ってすぐ右の席に、いつも座っていた。「アダチのお父」の仕事は、いつあるか分からない。基本は、朝現像所に撮影済みフィルムを持ち込むのと、夕方現像済みのフィルムを現像所から持ち帰る2回だが、それだけに留まらない。編集部から急ぎのオプチカル処理の依頼をする場合や、その日中に東京に帰さなければならない俳優の、急ぎのアフレコに使うポジフィルムの持ち帰りなどもあったりする。とにかくフィルムの運搬の殆どは、「アダチのお父」の軽乗用車が活躍するのだ。

 実は「アダチのお父」は、元は大映京都撮影所の製作進行だったらしい。しかも、かなり「辣腕」の製作進行だというのだ。製作進行はどこの撮影所でも、深夜食代や深夜送り代、ロケ現場の使用料や宿泊費、ロケ先で雇うエキストラの人件費、さらに撮影に使う馬や牛、現代劇だと車や船などの使用料などのサイフを、全部任されていた。大映では、「大作の製作進行を1本やると、家が建つ」と言われていたそうだ。「家が建つ」とは、活動屋らしい大ホラだが、どうも大映では、様々な費用を水増しして会社に請求して、余禄を得ている製作部がいるという噂はあったようだ。

京都映画のスタッフがある日、「アダチのお父」に訊いた。「お父が喰うたので大きいものは何や?」。「喰う」とは撮影所の隠語で、使ってもいないのに「撮影で使った」とその金額を請求して、フトコロに入れることだ。「アダチのお父」は澄まして言った。「ゾウを喰うたこともある。一番大きいのは軍艦やな」。な、な、なんと!ゾウや軍艦を撮影で使ったと会社を騙して、その料金を懐に入れたというのだ。さすがにゾウや軍艦が映画に出てこなければ、撮影所も気付くと思うのだが……。撮影所では、こういったホラ話がメチャウケしたのは確かだ。

 

オプティカル処理の発注も編集部

脱線からダビング後の編集の話に戻る。オールラッシュには入っていなかったオプティカル処理を、現像所に発注するのも編集部だ。オプティカル処理とはフェイドイン・フェイドアウト・オーバーラップ(ディゾルブ)・ストップモーションやマット合成などの光学処理のことだ。ちなみに私が京都映画にいた当時、16mmフィルムの光学処理は、料金が高い割にはあまりきれいではなかった。オーバーラップが始まる前から画面の色が変わったり、何となく色が良くなかったりしたのだ。

 

キャメラマンと現像所

次はダビング後の撮影部の仕事だ。キャメラマン又は撮影部チーフは、現像所の現像技師に画面=フィルムの明暗や色彩の調整を指示した。現像所から上がって来たラッシュフィルムの上がりは、キャメラマンの意図したものとは違う場合がある。またカットごとのバラツキもある。そこで現像技師に、「このカットはもっと焼き込んで(暗くして)」とか「赤を効かせて」とか指示するのだ。テレビドラマの場合はプリントを焼くのは基本的に1本なので、現像所とも電話連絡で済ませることが多いようだったが、映画となると事情は一変した。

私が東映京都撮影所のキャメラマンに聞いた話だ。どの作品かは忘れたが、劇場用映画の現像を東京の東映化学(現東映ラボ・テック)でやったそうだ。いつもは、京都の東洋現像所で現像をやる習慣だったが、何かの都合でその作品だけは東映化学でプリントを焼いたそうだ。映画のキャメラマンは、ネガからプリントを焼く時には、現像に立ち会うものだ。従ってそのキャメラマンは東京の東映化学まで行って、先ほども書いたように現像技師に1カットずつ「このカットはもっと浅く焼いてくれ」とか「赤を抑えて、青を立ててくれ」とか、明暗や色調のタイミングを指示したそうだ。

当然、1日では終わらない。その日の作業が終わると、なんと毎晩豪華な接待を受けたそうだ。何故か?映画は全国で一斉に封切られる。封切り館は東映だと100館を上回る。従って、35mm1時間半のプリントを100本以上焼くわけだ。その金額は相当な額になる。キャメラマンの機嫌を損ねて、「あの現像所はダメだな」と言われようものなら大損害となってしまう。それを防ぐための大接待なのだ。残念ながら監督は、現像所からそんな接待を受けた話は聞かない。

 

初号試写

さて、現像作業が終わると「初号試写」となる。「初号」と付いているのは、映画の場合最初のプリント(初号プリント)で試写を行い、問題が無ければ2号以下のプリントを焼いて行くシステムから、その名が付いているのだ。テレビドラマの場合は、ほとんどが初号しかプリントを焼かないが、習慣で「初号試写」と呼んでいた。

初号試写はテレビドラマと映画では、見る人数に大幅な差が出る。前者は、その番組のプロデュ―サー(P)と監督・スタッフだけで見る。後者はそれに加えて、出資者、PR関係者や営業関係者など、さらにはその映画会社の社員や、その作品には直接関係のない撮影所関係者なども見ることになる。その作品が興行的に当たるかどうかが、給料や賞与に関係してくるからだろう。

テレビドラマの場合は、オールラッシュでOKが出ているので、よっぽどのことが無い限りはやり直しということはない。映画の場合は、その作品でいくら稼げるかという問題があるので、やり直しということがあるかもしれない。そうなると、「初号」の意味が出てくるわけだ。

 

モニターの意見で撮り直した「危険な情事」

また、脱線する。ハリウッドでは、映画の初号プリントを一般の客(モニター)に見せて意見を訊いたりする。その意見を参考にして、場合によっては「撮り直し」や「撮り足し」、「編集・ダビングのやり直し」まで行うことがあるそうだ。その例として、マイケル・ダグラス主演の「危険な情事(1987年)」が有名だ。

撮影された当初の結末はこうだ。主人公は愛する妻子がいながら、魅力的な女と浮気をしてしまう。主人公は一時の遊びと思っていたが、女は本気になった。女は主人公の妻子を殺そうと、娘を誘拐する。主人公は娘を取り戻そうとして女の家に乗り込み、女に暴行を加えて娘を取り戻す。だが、女が死体で発見される。主人公は殺人犯として逮捕されるが、女の死が自殺であることが実証され、無罪となる。こういう設定だったらしい。

だが、一般人のモニターに見せた試写では、「納得がいかない」「スッキリしない」と不評だった。その意見を受けて、撮り直した結末はこうだ。主人公に暴行された浮気相手の女が、主人公の自宅に乗り込んでくる。女は悪鬼のように包丁を手に夫に襲い掛かる。バスタブに沈められて死んだと思った女が、突然息を吹き返してバスタブから立ち上がるという、ホラーまがいのエピソードも付け加えられた。「あわや主人公が女に刺されてしまう」というその時に、妻が女を射殺する。

この撮り直した結末は大評判となり、「危険な情事」は空前の大ヒットとなった。それ以後、ハリウッドでは2パターンの結末を撮影し、モニターに意見を訊いて、どちらを公開するか決めることが多くなっているらしい。多額の予算を掛けるビジネスとしては、仕方がないのかもしれない。だが、監督という職業の者にとっては、複雑な気持ちにさせる時代の流れだ。

 

HOTEL」の忌まわしい習慣

脱線のついでに、とんでもない話を書く。1990年代前半ごろだった。前号でも書いた東京の映光スタジオでのことだ。その時私は、土曜ワイド劇場の仮編集で映光スタジオに通っていた。夜になって、夕食をとろうと仮編集室を出た。すると、斜め向かいのMAルームから監督らしき人物が出て来て、スタッフ達が「お疲れさまでした」と見送った。そのスタッフ達は、私の作品も担当したことのある、作曲家のY氏と選曲マンだった。たしかその日、そのルームではTBSKプロ制作「HOTEL」のMAが行われている筈だった。

「もう終わったの?いいなー」そう私は2人に言った。「これからが大変なんですよ」Y氏は苦笑して言うと、首を振りながら部屋に入って行った。「どういうこと?」私は選曲マンに聞いた。「後1時間するとPKさんが来て、さっき監督が入れた音楽を全部ひっくり返すんですよ」。「!?ひっくり返すって?」「例えば、入れている音楽を全部外して、音楽が入ってなかった処に逆に音楽を付けるとか」。

 驚いた。こんな話は聞いたことが無い。言語同断だ。音楽にうるさいPがいて、MAに同席して、或いはMA後のプレビューで、監督に注文を付けて一部の音楽を入れ直させるという話は聞いたことがある。しかしそれは、両者の力関係は影響するにしろ、あくまでPと監督との話し合いの結果だ。

HOTEL」の場合はそうではない。監督が帰った後に、監督に無断でPが音楽を全部入れ替えるということだ。ひょっとして、MAK氏がやるという契約なのだろうか?だが、そういう契約なら監督が先にMAを済ませるはずがない。もちろん、テレビドラマの最終的な編集権(MAも含む)は、Pにあるのは承知している。だが、これは監督をバカにしているというか、騙し討ちというか、許されない飛んでもないことだと私は思った。後から聞くと、K氏は東映時代からワンマンで有名なPだったらしい。K氏と仕事をする機会がなくて良かったと、つくづく思った。

 

E22】を終わるに当たって

 長々と「監督とはどんな仕事をする職業か?」について書いてきた。業界と無関係の方にも、監督という職業の一端は分かって頂けたと思う。だがここに書いたことは、主にテレビドラマの世界で私が経験して来たり、傍で見て来た範囲内のことなので、全く異なる意見や考え方をする監督もいるかもしれない。興味のある方は有名監督に就いて書かれた本や自伝もあると思うので、読み比べて頂きたい。書き洩らしたりしたこともあるが、それは次回以降のブログで追々「横道に逸れる」「脱線する」「余談だが」などで触れて行きたい。

 

          【Episode22THE END  

 


※次回は2026225日(水)に投稿予定です。



お知らせ

 スマホではこの後に、私が関知していない広告が掲載されるようです。目障りだと思われる方もおられると思います。お目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。

摩訶般若波羅蜜多心経

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 

照見五蘊皆空 度一切苦厄  舍利子 

色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 

受想行識亦復如是  舍利子 是諸法空相 

不生不滅 不垢不浄 不増不減 

是故空中 無色 無受想行識 

無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 

無眼界 乃至無意識界  無無明 

亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 

無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 

菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 

心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 

遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 

三世諸仏 依般若波羅蜜多故 

得阿耨多羅三藐三菩提  故知般若波羅蜜多 

是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 

能除一切苦 真実不虚  故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰

羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶


般若心経