Episode23
 京都映画での監督稼業
    
──眠狂四郎 円月殺法

その5

       

 前号まで

 前号では、歌舞伎座テレビ・テレビ東京制作・片岡孝夫主演「眠狂四郎 円月殺法(1982)」第7話の台本がエゲツナイ内容だったこと。それでも私は、引き受けざるを得なかったこと。そのために、映像的に工夫を凝らすことにしたこと。臥竜軒の役を小林稔侍(稔侍さん)にオファしたことまでを書いた。

 

稔侍さん

小林稔侍は東映ニューフェイス第10期組だ。ちなみに、第2期に高倉健、第3期に里見浩太郎、第4期に佐久間良子、第5期に梅宮辰夫、第6期に千葉真一などがいる。稔侍さんとは「眠狂四郎 円月殺法」の3年前(1980年)に、私のデビュー作「赤い稲妻」で初めて一緒した。その頃の稔侍さんは、一部の批評家から「セリフはないけど、抜群の存在感の俳優がいる」と注目を集め始めていたが、一般的にはそれほど売れている俳優ではなかった。

余談だが、稔侍さんが注目を集めた映画というのは、高倉健主演のあの「冬の華(1978)」だ。稔侍さんの役は高倉健の弟分で足を洗った板前役だが、この役は先ほども触れてように、セリフが一言もない。当初この役をキャスティングされていたのは、北島三郎だったという。ひょっとしたら、セリフが一言もないことに北島サイドがクレームを付けて、降板したのかもしれない。この業界ではよくあることだ。セリフの量に拘る役者やタレント事務所は多い。代わりに役を貰った大部屋俳優に近い稔侍さんが、「セリフが無いのに、抜群の存在感」と評価されたのは、皮肉というか稔侍さんのそれ以後の活躍を象徴する出来事であったと思う。

さらに脱線する。「冬の華」のセリフについて、もうひとつエピソードがある。「冬の華」の脚本家はあの倉本聰だ。倉本は当時、テレビドラマでは数々のヒット作・名作を生み出して売れっ子になっていたが、まだ映画では話題作・大作・大ヒット作は生み出してはいなかった。この頃の映画界は、いくらテレビドラマで活躍しても、映画での実績が無いと軽く見る傾向があった。

この企画は、健さんファンの倉本が、高倉健と一緒に作ったと言われている。余程力が入っていたのか、監督に予定されていた山下耕作に、倉本は顔合わせの席で言った。「セリフを一言一句変えないでくれ。もし変えたら脚本を引き上げる」。山下耕作と言えば映画界、特に東映では大監督だ。私も好きな監督だ。「そんなんじゃ撮れない」と山下監督は降板したそうだ。

赤い稲妻スチール写真1
「赤い稲妻」スチール写真。一番左が小林稔侍。2番目は志穂美悦子、3番目は横内正、
4番目は主演の松方弘樹、5番めは本郷直樹、6番目は藤木悠。

 

稔侍さんとの出会い

さて、「赤い稲妻」の稔侍さんだ。私は稔侍さんの役を、台本よりも膨らませてグンと良い役にした。彼の役は、怪力を買われて仲間に入る、お宝目当ての盗賊という役柄だった。当初の台本では、「お宝に目を奪われて、犬山城警固の侍たちに斬られて死んでしまう」という設定だった。それではせっかくの怪力が生かせない。そこで私は、「主人公たちを逃がすために、天守閣の重い階段を、命がけで一人で支えて死んでゆく」というシチュエーションに、台本を書き変えたのだ。

それ以来、私たちは気が合ったのか、個人的な付き合いが続いていた。彼が我が家に電話してきたり、東映京都撮影所に来たときは、食事したりお茶を飲みながら他愛ない話をする仲になっていた。東映前の夢屋で逢うことが多かったが、稔侍さんは下戸で酒はからっきしダメだった。

 

健さんと稔侍さん

ちなみに、高倉健も酒を飲まなかったらしい。稔侍さんが高倉健と親しいことは、そのころ初めて稔侍さんから聞いて知った。親しいと言っても、稔侍さんは中学生の頃から高倉健に憧れていて、東映に入ってからも、仕事の上でも私生活の面でも非常にお世話になっていて、稔侍さんの側から言えば、大先輩で恩人という存在であったらしい。

その頃聞いた話では、稔侍さんが健さんの家に泊まって、翌日は渋谷のNHKに出演する予定があった。「何時に終わるんだ?」と健さんが訊いた。「夕方には終わる予定です」。「じゃあ、渋谷の「〇〇」で待っている」。「〇〇」はNHK近くのコーヒー専門店だ。NHKの出演が2時間長引いた。稔侍さんは必死に「〇〇」に駆け付けた。すると、あの「世界の健さん」が2時間以上もコーヒーを飲みながら待っていたという。「そいう人なんですよ」と、稔侍さんは少し恥ずかしそうに微笑みながら話していた。稔侍さんは健さんの話をするときは本当に嬉しそうだった。

 

稔侍さんしかなかった臥竜軒

さてさて、「眠狂四郎 円月殺法」第7話だ。前回にも書いたように、異様な内容だ。その中心となる臥竜軒という役も、一筋縄ではいかないキャラクターだ。まず、見るからにギラギラして、野生的でなければならない。また長い間箱根山中に籠って、剣術修行に明け暮れた男の役だ。飛んだり跳ねたり走ったりという身体的能力が優れていなければ様にならない。そして、須磨を抱き着かせて狂四郎に挑むのだ。須磨に体が隠れてしまうような小さな体では話にならない。巨漢とまではいかなくても、ある程度大柄でなければならない。そういった条件にピッタリあっていたのが、稔侍さんだった。

「赤い稲妻」から2年、稔侍さんは「存在感のある寡黙な役者」としてかなり売れてきていた。スケジュールも厳しいに違いない。さらに、臥竜軒という役柄は「キワモノ」というか、かなり猟奇的なキャラクターだ。従って、断られても仕方がないと思っていた。だが、稔侍さんはこの難役を快諾してくれた。感謝感激だった。

 

稔侍さんの役作り

第7話は何度も書いたように異様極まる内容だ。従ってその中心となる臥竜軒は、尋常な役作りでは成立しない。稔侍さんはそういう狙いを理解してくれて、凄まじいキャラクターに作り上げてくれた。

まずメイクだ。眉毛を潰して得体のしれない不気味な面貌に作り上げた。衣装は獣皮を使った袖なしと腰当てを纏い、野生児そのものだ。その姿で野山を駆け巡った。まさしく「ケダモノ」臥竜軒そのものだった。

稔侍さんは、現場での演技も臥竜軒に成り切った。目をギラギラさせて危険な香りをプンプンさせた。反対に喋る時は、口をあまり大きく開けずに不気味な感じを醸し出した。

 

工夫を凝らした演出プラン

私は様々な映像効果を使って、異様な作品世界を強調しようと思った。まず前半。狂四郎が薩摩藩の謀略によって、山中の護摩堂に誘い込まれ、女修験者一味に睡眠薬で眠らされるシーンだ。まずは雨。にわか雨に祟られて雨宿りを頼む狂四郎は、お堂の一角に案内される。真っ白な修行着を纏った女修験者たちが護摩行を始める。薄暗い堂内を護摩壇の炎が妖しく染め上げる。そして、香炉に薬物らしきものが秘かに投入される。やがて堂内に、怪しげな煙がたなびく。経を唱える女修験者たちの目から下が、薬物除けの白い紙で覆われている。その姿は異様で不気味だ。護摩焚きの火炎越しに揺らめく女修験者たちの目が狂気を帯び、白い紙が妖しく光る。狂四郎の目が次第に閉じて行く。炎の光で揺れる人影が、狂四郎を取り囲む。人影の手に手に、冷く光る白刃が握られている。稲光で女たちの姿を浮かび上がる。だが、狂四郎は眠ってはいなかった。女たちから奪った刀を天井に投げ刺し、床に臥す。強烈な閃光とともに雷が刀に落下する。煙が晴れると、女たちは落雷に打たれ倒れ伏していた。

 中盤、奉納試合で臥竜軒を打ち負かした須磨が、臥竜軒に襲われるシーン。須磨の衣服が剥がされるくだりだ。そのまま実写で撮るのは、生生し過ぎて気が進まなかった。従って、ほとんどは障子に写った2人の影で表現した。その後は哀れな須磨の表情、そして稔侍さんの粘液質な臥竜軒の表情を主体に撮ることにした。

 

この手のシーンが苦手な私

正直に言おう。私はこの手のシーンがあまり好きではないのだ。男が女を襲ったり、濡れ場や男女が絡むシーンが苦手なのだ。従って、常に直接的な表現は避けていた。例えば、体の一部だけを曰くありげに撮ったり、何か別のモノで象徴させたり、第7話のようにシルエットを使ったりした。男女の絡み合いのような性的な行為を直接的に撮るのではなく、視聴者がそれとは別な面白味を感じてくれるような表現を心掛けたのだ。

脱線する。後年プロデューサーとして私と組んで多数の仕事をして来た東通企画の上川栄が、常々言っていた。「皆元ちゃんがもっとオンナと遊んだら、凄い監督になれるんやけどなー」と。私は吠えた。「ほっといてくれ!凄い監督にならんでもええんじゃ!」。苦手なものは苦手なのだ。

 

問題のシーン

さて終盤。問題の場面だ。臥竜軒が腰巻ひとつの須磨に抱きつかせて、狂四郎に戦いを挑むシーンだ。発煙筒で作る霧を使おうと考えた。何の細工もないまま、そういう臥竜軒と須磨の姿をフルショットで撮るのは画になり難いし、「そんな体勢で挑んでも狂四郎に敵うワケがない」と一目で分かってしまう。さらにその体勢のまま、臥竜軒が歩いたり走ったりすることは、画にもならないので極力避けたかった。いかに稔侍さんが大柄で体力があっても、素早い動きなどできるわけなかったからだ。

従って、臥竜軒が極力動かなくても済む撮り方を考えた。箱根山中の街道。狂四郎は霧の中で、何者かの気配を感じる。前方には深い霧が立ち込めている。目を凝らす狂四郎。やがて霧が徐々に薄くなり、2人の姿がシルエットで見えて来る。霧が完全に晴れてしまう前に、臥竜軒と須磨の上半身に寄る。すなわち、ポン寄りで臥竜軒の禍々しい顔付きと、媚薬に絡めとられた須磨のけだるい表情のカットとなるのだ。

こうすることによって、視聴者に「何か異様なモノが出てくるのではないか」という気持ちの準備をしてもらい、全貌が垣間見えて「え―!なんじゃコレ!」と思ったとたんに寄ってしまうという手を使った。こうして臥竜軒と須磨2人の全貌をできるだけ短くしたのだ。
 この後は、驚く狂四郎。恍惚の表情で臥竜軒の首に手を廻す須磨。臥竜軒の腰に絡みついた須磨の生足など部分のカット。痛ましい表情の狂四郎。「どうした、掛かって来い」と吠える臥竜軒と須磨の2ショット等々。臥竜軒と須磨の全身をできるだけ晒さないような寄りのカットで攻めた。最後はタイト2ショット。臥竜軒が須磨を抱きかかえたまま斬り掛かかる。これまたタイトショットの狂四郎が、すれ違いざまに一太刀で2人を斬る。狂四郎ナメで崩れ落ちる臥竜軒と須磨。という段取りだ。

この不合理極まるシーンも、稔侍さんの入魂の役作りと熱演のお陰で、そして多用した映像効果のお陰で、どうにか「見せ物」として土俵際で踏み止まることが出来た。

 

その後の稔侍さん

それ以降も、稔侍さんには幾つかの作品で出演して貰った。その度に、高倉健との逸話も聞いた。その逸話は、おいおいこのブログで書いてみたい。だがやがて、彼が本格的な主役スターになると、なまじの役ではオファすることが難しくなった。また稔侍さんも、多くの主役シリーズを持つようになったので、稔侍さん主演の企画を通すことができなかった。残念ながら、次第に一緒に仕事する機会が無くなってしまったのだ。稔侍さんとは2000年9月、工藤栄一監督の通夜で少し立ち話して以来、逢っていない。

 

 

       【Episode23To Be Continued   

 


※次回は2026年5月6日(水)に投稿予定です。


お知らせ
 スマホではこの後に、私が関知していない広告が掲載されるようです。目障りだと思われる方もおられると思います。お目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。

摩訶般若波羅蜜多心経

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 

照見五蘊皆空 度一切苦厄  舍利子 

色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 

受想行識亦復如是  舍利子 是諸法空相 

不生不滅 不垢不浄 不増不減 

是故空中 無色 無受想行識 

無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 

無眼界 乃至無意識界  無無明 

亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 

無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 

菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 

心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 

遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 

三世諸仏 依般若波羅蜜多故 

得阿耨多羅三藐三菩提  故知般若波羅蜜多 

是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 

能除一切苦 真実不虚  故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰

羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶


般若心経