Episode23
 京都映画での監督稼業

    ──眠狂四郎 円月殺法

その7

 

前号まで

 前号では片岡孝夫(孝夫さん)主演・テレビ東京・歌舞伎座テレビ制作「眠狂四郎 円月殺法(1982~3年)」第8話について書いた。また、孝夫さんの人柄のお陰で、撮影現場の雰囲気が大変良かったこと。そのため、焼肉パーティや野球の試合などもよく行われたことなどを書いた。

 

力が入った第13

第8話の次は第13話を監督した。サブタイトルは「いのち花 わかれ盃情炎剣-袋井の巻」。脚本は和久田正明。お蘭(松尾嘉代)編だ。お蘭は老中水野忠邦の側用人・武部仙十郎(小松方正)の配下で、京都に向けて東海道を下る眠狂四郎のお目付け役だ。狂四郎はひねくれ者なので、お蘭が告げる武部の指示にシバシバ逆らった行動を執る。それでお蘭とも対立することもあるのだが、お蘭はしだいに狂四郎へ思いを寄せるようになっていた。

13話はそんなお蘭の、かつての許嫁と狂四郎との間で揺れ動く女心を、甘く、切なく、かつシビアに描いた、私の口から言うのもナンだが、なかなかの佳作だった。今回DVDを見て思った。「これは、相当に力を入れて撮ったようだ」と。テーマがハッキリしており、お蘭の葛藤もキッチリ描いている。展開も意外性に富んでいるし、撮り方も思い切った手法を使っていた。私はDVDを見ている間に、40年以上も前の様々なことを思い出した。ストーリーを追いながら、40年前の私が如何に入れあげて撮ったのかを辿ってみたい。

 

「花」と「盃」

この作品はサブタイトルにも出てくる「花」と「盃」が重要な役割を果たしている。「なんだ、花札がテーマか」と思った方、早とちりです。もっと「艶」で「粋」で「酷」なテーマなのですよ。

冒頭。狂四郎は袋井の宿の手前で、博奕に負けて金を払えずに、石灯篭に縛り付けられた浪人者・片倉新九郎(森次晃嗣)と出会う。この時点で新九郎は博奕好きのだらしない浪人者だ。狂四郎に相手にされず、そのまま放っておかれる有り様だ。森次晃嗣が、尾羽打ち枯らした浪人者のいい雰囲気を出している。

袋井の宿で狂四郎は、お蘭の待つ旅籠に足を運ぶ。酒を用意して待っていたお蘭。酌をした後「ちょっと、待って下さい」と、窓外に咲いている小さな花びらの一片を、狂四郎の盃に入れる。はにかみながらお蘭は言う。「花びらごと盃を乾すと、縁が深くなるお呪いなんです」「俺とお蘭のか?」「お嫌ですか?」。「この俺と縁が深くなれば、地獄まで道連れになる」「(艶然と見つめて)ええ、地の果てまでだって」見つめ合う2人。「これ以上死神を喜ばすこともあるまい。(と、そのまま盃を置いて)それより用件を聞こう。この宿で俺に何をやらせたいのだ?」。このシーン、お蘭の想いの告げ方も面白いが、狂四郎のいなし方も粋だ。眠狂四郎はこうでなくてはいけない。

さて、このシーンのラストの「盃を置いた」後だ。普通ならお蘭の「ガッカリした」か、または「恨めしそうな」表情のカットを入れる処だ。だが、私は2人のどちらの表情も写さずに、窓外のひっそりと咲く花を撮って、狂四郎のその後のセリフを、オフで聞かせた。この時のお蘭の表情や狂四郎の顔を見せるよりも、「この話のテーマは、この花と盃に託した男と女の深くて重い運命の話ですよ」と暗示したかったのだろう。「『普通』ではない撮り方をしたい!」という私の想いを感じる。

 

新九郎は腕の立つ剣客だった。そして……

狂四郎は、袋井宿本陣に宿泊している福知山藩の藩主から、反水野西国13藩同盟の密約書を奪う。福知山藩用人・鮫島(仙波丈太郎)は忍び集団雷神衆を雇って、狂四郎を追う。

一方、賭場で大儲けした金八(火野正平)は、胴元のヤクザたちに襲われる。金八の窮地を助けたのは新九郎だった。新九郎はヤクザたちを苦も無く叩き伏せた。ここで新九郎は、タダの博奕狂いのダメ浪人ではなく、相当に腕の立つ剣客だということが明らかになる。

金八の前で新九郎は、小さな花びらを盃に入れる。金八にワケを問われて新九郎が言う。「こうするとな、男と女の縁が深くなると教えてくれた女が、昔いたんだ」「旦那はその女に惚れてたんだね。でもね、旦那みたいな生き様じゃ、大概の女は逃げ出すよ」と金八。「うるせー、昔はちゃんとしてたんだ」そういって飲み干す新九郎の表情が苦い。ここで視聴者は、「お蘭と新九郎が昔恋人かなんかで、それが再会してしまうって筋書きなんだろうな」と、想像がつくことになる。

 

「遊び心」を掻き立てられたお蘭と新九郎の再会シーン

狂四郎は雷神衆に襲われるが、難なく斬り伏せてしまう。お蘭は狂四郎に「次の見附宿に先行して、武部仙十郎の使者と繋ぎを付ける」と言って、先を急ぐ。同じ街道筋で新九郎は、賭場のヤクザたちに再度襲われる。新九郎は一瞬のうちにヤクザたちを斬って捨てる。新九郎の腕前を目撃した鮫島は、新九郎に「金が欲しければ袋井宿の本陣に来い」と誘う。その時新九郎は、街道を見附宿へと急ぐ鳥追い姿のお蘭を目撃する。愕然とする新九郎。

見附宿に部屋を取ったお蘭。襖の開く音で見る。信じられないモノをみたように、呆然と立ち上がる。その前に現れたのは新九郎だった。

これは私の「遊び」なのだが、お蘭の驚く1人芝居を長くして、新九郎をなかなかフレームインさせなかった。これまでの経緯から、新九郎が現れるのは視聴者も分かっている。だが、私はお蘭の驚く一人芝居を長く見せた。すでに狂四郎に思いを寄せてしまっているお蘭にとっては、最悪のタイミングでの思いもよらない再会を強調したかったのだ。さらにそれは、新九郎の登場を盛り上げることになるからだ。

脱線するが、監督である私にとって「遊び心」は大切だ。大袈裟に言えば「生命線」と言っても良いかもしれない。私にとっては「遊び心」を掻き立てられる脚本ほど「良いホン」ということになる。私はこの第13話で幾つものシーンで遊んでいる。そういう意味では和久田正明の第13話は、飛び切りの「良いホン」だったのだ。「遊び心」については、別の機会に書いてみたい。

 

思いの違う2人の表情が、同時に見れるアングルで長回し

先ほどのシーンに戻ろう。お蘭と新九郎の再会の場面だ。お互いに呆然と見詰めあう2人。2人はお互いの変わった姿に戸惑う。2人の会話により、かつてお蘭はれっきとした武家の娘であり、新九郎は幕府の勘定方の役人であったこと。2人は許嫁の仲であったこと。新九郎は上役の不正を糺して突然逐電したこと。その後その上役は、評定所の裁きで罰せられたことなどが分かる。その話を聞いて新九郎は、「自分のやったことが報われた」と喜ぶ。そしてお蘭が美しくなったと言い、その一件が無ければお蘭と夫婦になっており、子供も生まれていたであろうとしみじみと語る。また、お蘭の亡き父親と囲碁仲間であったことを懐かしむ。

ここでの演出の狙いは、昔を懐かしがる新九郎と再会に戸惑うお蘭の対比を強調することだ。従って、できるだけタイトな2ショットで、2人の表情が同時に見れるようなアングルと2人の位置関係を作った。キャメラ前に昔を懐かしがる新九郎、その後ろに戸惑う横向きのお蘭を置いたのだ。さらに逆向きのタイト2ショット。手前に横向きのお蘭、後ろにお蘭の方を向いた新九郎だ。

 

ドラマピークでカットバックを多用

やがて、お蘭は新九郎と目を合わさず、努めて冷静に言う。「新九郎さま、どうかお引き取り下さい」。驚く新九郎。「歳月が流れた今となっては、昔をとやかく話あっても致し方ありますまい」「お蘭どの!」と近付こうとする新九郎。キッと振り向くお蘭。「新九郎さま、どうか!」と、真正面から見据え拒絶する。強い眼差しで見つめ合う2人。新九郎はお蘭の抱える何かを悟り、そして言った。「分かった、もう会うこともないな。邪魔した」そう言って、部屋を出て行く新九郎。気持ちの整理が出来ずに、立ち尽くすお蘭。

このくだりは一転してカットバックを多用した。それまでは2人を入れ込んだ長回しを多用したが、お蘭が「お引き取りください」と言うところから、ドラマ的に盛り上がりピークになる。リズム的にも、演技的にも、画の力強さ的にもタイトなサイズのカットバックで攻めたのだ。

 

ストーリーの流れは狂四郎VS新九郎の構図に

ストーリー的にはこの時点で、「狂四郎と新九郎が対決することになるだろう」と予測がつく。これは視聴者の期待でもある。

自棄になった新九郎は、袋井宿の福知山藩本陣を訪ね、殺し屋として雇われる。案の定、相手は眠狂四郎と告げられる。お蘭と狂四郎の仲を知らない新九郎は、その申し出を引き受ける。一方お蘭は、武部の使者と落ち合うために浜辺へと向かう。だが、武部の使者は殺されており、お蘭は雷神衆に捕らわれてしまう。

お蘭は一軒家で拷問を受けるが、密約書の在り処を喋らない。そこへ、新九郎がやってくる。お蘭を見て驚く新九郎。お蘭も気付いて驚く。雷神衆は2人の関係に気付かない。新九郎は「繋ぎの女が帰ってこなきゃ、眠という男も巣穴を出て探し始めるだろう。どうせこの近くだ。こっちから仕掛けてやろうぜ」と雷神衆をけしかける。雷神衆は見張りを残して、新九郎と主に狂四郎を探しに出て行く。

見張りはお蘭を手籠めにしようとするが、新九郎が戻って来てお蘭を助ける。お蘭は詰問する。「どうしてあんな奴らの一味に!?」「今の俺は、金のためならなんだってやるんだ」と自嘲する新九郎。そしてお蘭に訊く。「あんた、眠狂四郎の女なのか。そうなんだな!」。答えないお蘭。薄く笑う新九郎。「だけど困ったな。あんたの男を斬らなきゃならないんだ」。愕然とするお蘭。「どっちが死ぬのが望みだ?」。目を泳がせるお蘭。その様子を見て、思わずお蘭を抱きすくめる新九郎。「恨みっこ無しにしてくれ。俺は眠って男を斬る!そしたら、そしたら俺の女になってくれるか?」。お蘭の目を見据える新九郎。「どうなんだ!?」。かすれ声でやっと言葉にするお蘭。「どっちも、どっちもイヤ……どっちも生きていて欲しい」「しかし俺は、必ずやる!眠って男を仕留める!」。迷いながらも、何かを決意するお蘭。「お願い!このままどっかへ行って下さい……」。お蘭の言葉の意味を探る新九郎。「いいえ、私を連れて行っても良いから、だから……」新九郎「!……」お蘭「……新九郎さま、どうか……」。お蘭の真意を悟る新九郎。お蘭を振りほどいて暗く冷たく告げる。「眠に伝えろ!俺が必ず命を貰いに参上するとな!」。言い捨てて立ち去る新九郎。悲しく見送るお蘭。この時点で、狂四郎と新九郎の激突は決定的になる。だが……。

 

キッチリと組み立てたコンテ

狂四郎と新九郎の対決の前に、先ほどのシーンの撮り方について触れてみたい。これだけ濃密な内容だから、またそれぞれの役どころが明確な台本構成だから、「放っておいても俳優はキッチリと演じてくれるだろう」と思うかもしれない。実はそうなのだ。森次晃嗣と松尾嘉代というベテランで名だたる演技派の2人だ。演出家が動きを指示しなくても、「はい、やって見ましょう」と自由に芝居をしてもらっても、キッチリとそれなりに動いてくれる。それを良いアングルで撮れば、作品的にもそれで成立するし、実際にそうする演出家も少なくない。

だが、私はそれでは我慢できない演出家なのだ。自分の頭の中で、キッチリ俳優の動きや感情を組み立てないと、我慢できないタイプの演出家なのだ。これは、私が育ってきた京都映画の風土のせいかもしれない。

何しろ、俳優を動かせない監督は、馬鹿にされ相手にされない撮影所だったのだから。また、私が助監督で就いてきた大物監督たちの影響かもしれない。俳優を手足のように動かす名監督たちが、ウヨウヨいたのだから。また、監督をそっちのけにして俳優を動かしたり、自分の画に嵌め込んだりするキャメラマンたちの影響かもしれない。わたしたちは、そういうキャメラマンに負けないような監督を目指してきたのだから。

それやこれやの理由で、私が撮る作品はシーン1からラストシーンまですべて、俳優の動きやキャメラアングル・キャメラの動きを書き込んだコンテを作ることにしていた。したがって、先ほど書いたお蘭と新九郎のシーンも、頭からラストまでキッチリと、俳優の動きとキャメラのアングル・サイズをコンテに組み立てていた。

そして撮影現場では、冒頭にシーンを通しての俳優に動いて貰う段取り(リハーサル)を行った。もちろん、俳優のすべての動きを「はい、ここで振り向きましょう」「ここは顔を外しましょう」「このセリフは、前に歩きながら……そう、新九郎と距離を取りながら」「ここはわざと、お蘭の後ろを廻りながら……そう、表情をうかがいながら……」などの指示、若しくはアドバイスを出しながら。

もちろん俳優さんの要望も、私の演出プランを崩してしまわない範囲で受け入れた。他の監督は知らないが、私の場合動きや撮り方の変更は、前もって演出プランをキッチリ作っていたからこそ可能だったとも言える。それは、気持ちの余裕の問題なのか、コンテを作る時に様々な可能性を検討したお陰なのか。そのどちらかだったのかもしれないし、両方だったのかもしれない。また、演出プランを崩すような注文は、説得して基本的には私のプランに従って貰った。

さいわい、森次晃嗣も松尾嘉代も大人の俳優だった。若造の私の指示に、快く従ってくれた。そして、私の指示に乗っかって、私のプラン以上の演技を見せてくれた。だが、このシーンは監督の作為を見せるシーンではない。2人の演技を充分に見てもらうシーンだ。従って、コンテは2人の演技が際立つように組み立てたのは言うまでもない。

 

狂四郎の優しさが……

お蘭と新九郎の濃密なシーンの後、古寺の中では金八が狂四郎に迫る。「お蘭さんを助けなくていいのか」と。狂四郎は密約書を見せ「私がこれを持っている限りは、お蘭は無事だ。それより、いずれここに敵がやってくる」「え!?じゃ俺、ここにいない方がいいよね」

古寺に踏み込む雷神衆。だが、中はもぬけの殻だった。古寺へ急ぐお蘭は狂四郎と出会う。必死に訴えるお蘭。「旦那、逃げて下さい!相手は江戸で鳴らした神道無念流の使い手なんです」「相手を知っているのか?」狼狽するお蘭。「……いまは、何も聞かないでください……後生ですから、逃げて下さい」。その様子を見て、何かを悟る狂四郎。「自ら好んで阿修羅を生きるこの俺に、その言葉は無用だ」。そうだったと気付くお蘭。「お蘭、無理をするな」その口調は優しい。胸を突かれるお蘭。「お前は自分の生きたいように生きればいい」そう言って立ち去る狂四郎。その後ろ姿を切なく見送って「旦那……生きたいようにって……私の生きたい道は……」そうつぶやくお蘭の表情が切ない。狂四郎の優しさは、逆にお蘭に何かを決意させることになる。さてここまでは、主として俳優の演技を見せるシーンだ。

 

監督の存在を意識させる撮り方

次は、監督の意図を見せる場面だ。いや私は、自分でそういうシーンにしたいと考えたのだろう。

その夜福知山藩は、狂四郎が見附宿の旅籠に入ったことを突き止める。雷神衆と新九郎は見附宿へと急ぐ。いよいよ、狂四郎と新九郎の対決の時が迫る。視聴者もそう感じる。だが、ここから私の仕掛けが始まる。

途中、フト気付く新九郎。樹間の暗闇にお蘭が立って新九郎を見ている。何故かこの映像は、お蘭が遠すぎて表情が良く見えない。新九郎は雷神衆をやり過ごして、お蘭に近付く。「どうした?」。このカット、お蘭は後ろ向きだ。表情が見えない。何か言おうとして、唇を震わせるお蘭。だが、顔は見せない。口だけのアップだ。「どうしたんだ!?」と新九郎。震える唇でお蘭が言う。ここも唇だけのアップだ。「案内します……そこで決着を」。「狂四郎が居るところに連れていくから、そこで2人で殺し合ってくれ」という意味の凄いセリフなのだが、それを私はお蘭の口だけのカットで言わせている。お蘭の表情を一切見せないこの撮り方に、視聴者は違和感を持つはずだ。「これは絶対何かある」と。

お蘭の真意を探る新九郎の眼差し。「あなたたちが行こうとしている所にはもういないんです……本当に恨みっこ無しで……そしたら、私……自分がハッキリするんです」「わかった、案内してくれ」歩き出すお蘭。後に続く新九郎。

 これも相当に深い芝居だ。千地に乱れるお蘭の気持ちを表現しているセリフだ。視聴者は、このセリフを喋るお蘭の表情を見たいと思うに違いない。だがこのお蘭を、私は黒い大木を入れ込んだ引きのサイズで撮った。しかも、お蘭は後ろ向きだ。視聴者は演出家の作為を確信したはずだ。この後、飛んでもないことが用意されている筈だと。

案内の道すがら、問わず語りに話すお蘭。「私娘のころ、あなたの花嫁になることばかりを、考えていました……本当に身も心もきれいなままで……あなたに、どうしたら気に入られるかって……男と女がこんな風にして出会うなんて……巡り合わない方が良かったんです……あのような……」。

このかつてのお蘭の、新九郎に対する熱い思いを切なく語るこのセリフ部分を、私は3カットで構成した。どんな映像なのか?3カット共に背景は、画面いっぱいに逆光で光輝いている小川だ。美しいが、現実離れした映像だ。1カット目は、その小川の前を左手前に向かって歩いてくるお蘭。シルエットで表情はまったく見えない。しかもスローモーションだ。そのカットから切ない音楽がインする。2カット目は新九郎だ。同じ背景でスローモーションだが、こちらには何故かライトが当たっており、表情がよく見える。この2カットは音楽だけにした。視聴者はお蘭の切なさ、あるいは2人の関係の切なさに引き込まれて行く。3カット目は、同じ背景の2ショット。やはりスローモーション。手前のお蘭はシルエットで新九郎は表情が見える。少し間を置いて(充分に切ない音楽を聞かせて)先ほどのお蘭の長セリフが始まる。長いカットだが、松尾嘉代のしっとりとしたモノローグと、美しいスローモーションの映像、そして音楽が絶妙に互いを盛り上げて、お蘭の切なさが膨れ上がって行く。顔の見えないことが、逆に見る者の想像を掻き立てて行くのだ。

あざといテクニックとも言えなくはないだろうが、言いたい奴には言わしておけ!「これぞ映像魔術!」と私は言いたい。ざまーみろ!

 

極上の裏切りをあなたに!

さて、その次だ。これで終わっては何のことか分からない。ここまで盛りだくさんに仕掛けて来たのだから、当然それなりの落とし前がなければ、「金返せ!」と、下駄が飛んで来る。

3カット目のスローモーションの最後で、お蘭は歩みを止める。音楽も終わる。そして次のカットだ。ここからはノーマルスピードでのカットバックになる。振り向いたお蘭の顔にライトが当たる。切羽つまったお蘭の目が涙で濡れている。その表情に胸を突かれる新九郎、フト下を見る。お蘭の手には抜き身の懐剣。ハッとお蘭の顔を見る新九郎。悲しみと決意に満ちたお蘭の表情。すべてを悟る新九郎。だが、その表情が何故か穏やかだ。微かに頷いた。お蘭が前に出た。いや、新九郎が自ら前に出たのか?懐剣の刺さる音。「ウッ」と秘かに声を出す新九郎。カットはルーズな2ショットになる。2人の上には、夜目にも鮮やかな咲き乱れる花。そして舞い落ちる花びら。2人がかつて、盃に入れて飲み干した花びらだ。「縁が深くなりますように」と、祈りを込めて。「!……どうして?」とお蘭。「いいんだ」と新九郎。「これで……いいんだよ……どうせなら……お前に……」そう言って、崩れ落ちる新九郎。花びらが舞い散り、風の音が吹き荒ぶ。
 視聴者に、極上の裏切りを提供する仕掛けが待っていた。狂四郎と新九郎の対決よりも、数倍心を揺さぶる結末だった。舞台劇のような画を作ってくれたキャメラマンの中村富哉さん、そして絶妙なシュールな世界を作ってくれた照明・南所登に感謝したい。

 

 この後、狂四郎は見附宿の旅籠で雷神衆の火責めに合うが、ことごとく倒してしまう。最後に挑んだ鮫島と雷神衆頭領も、狂四郎の円月殺法の敵ではなかった。

 

粋なラストシーン

 見所はこれだけではない。ラストシーンでも最後のダメ押しがあった。峠の茶店で向き合う狂四郎とお蘭。お蘭は気持のケジメをつけるために、一度江戸に戻ると言う。狂四郎は黙って銚子を取りお蘭の盃を満たしてやる。それから立ち上がって茶店の外へ。何事かと見つめるお蘭。狂四郎はひっそりと咲く小さな花の花びらを摘まむ。そしてお蘭の持つ盃に、一片の花びらを入れる。そして、自分の盃にも花びらを落す。お蘭が、感極まって呟く。「!……旦那」。狂四郎は黙って花びらごと飲み干す。それを見てお蘭も、様々な想いと共に飲み干す。西へと向かう狂四郎。その背にお蘭が万感を込めて呟く。「縁が深くなりますように」。お蘭は何かを振り切るように、狂四郎と反対の方向に歩き出す。第13話全巻の終りでございます。

       【Episode23To Be Continued   

 


※次回は202663日(水)に投稿予定です。

※告知です。67日(日)1730分より、大阪・梅田のラテラルで「高鳥都の必殺本うらばなしin大阪」が開催されます。

必殺シリーズを取材されてきたライター・高鳥都さんによる関西初イベントで、都築一興氏と共に私もゲストで出演し、京都映画の思い出話などをする予定です。

詳しくは、こちらのリンクをご覧ください。

https://lateral-osaka.com/schedule/2026-06-07-19167/



お知らせ

 スマホではこの後に、私が関知していない広告が掲載されるようです。目障りだと思われる方もおられると思います。お目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。

摩訶般若波羅蜜多心経

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 

照見五蘊皆空 度一切苦厄  舍利子 

色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 

受想行識亦復如是  舍利子 是諸法空相 

不生不滅 不垢不浄 不増不減 

是故空中 無色 無受想行識 

無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 

無眼界 乃至無意識界  無無明 

亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 

無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 

菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 

心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 

遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 

三世諸仏 依般若波羅蜜多故 

得阿耨多羅三藐三菩提  故知般若波羅蜜多 

是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 

能除一切苦 真実不虚  故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰

羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶


般若心経