【Episode18】 助監督になるその後 ──京都映画での日々 その10 1976年・29歳・助監督4年目、1ヵ月失業 「必殺からくり人」の後、実相寺昭雄監督の「歌麿 夢と知りせば」に就いたことはすでに述べた(【Episode18その7、その8】)。だが、「 ...
もっと読む
2024年09月
★映画監督・皆元洋之助のブログ★第45回/2024年9月18日
【Episode18】 助監督になるその後 ──京都映画での日々 その9 「必殺からくり人」に就く 1976年秋の実相寺組から少し前に戻りたい。当時29歳。助監督になってから4年目。実は私はこれまで、「必殺 からくり人」には実相寺組の後に就いた ...
もっと読む
★映画監督・皆元洋之助のブログ★第44回/2024年9月11日
【Episode18】 助監督になるその後 ──京都映画での日々 その8 前号 実相寺組からの続き 時に1976年秋、小生29歳。助監督になって3年半。私と都築一興(イッコウ)は映画「歌麿 夢と知りせば」に就いた。監督は実相寺昭雄。実相寺組はそれまでの私が ...
もっと読む
★映画監督・皆元洋之助のブログ★第43回/2024年9月4日
【Episode18】 助監督になるその後 ──京都映画での日々その7 実相寺組に就く 1976年秋「お耳役秘帖」の後、実相寺組の映画に就くことになった。京都映画で劇場用映画に就くのは初めてだった。タイトルは「歌麿 夢と知りせば」。配給は日本 ...
もっと読む


