2024年10月

【Episode18】  助監督になるその後      ──京都映画での日々 その15   前号からの続き  1978年11月から年末に掛けてのことだ。当時私は31歳。助監督になってから5年目だった。私の記録を見ると、東映で「宇宙からのメッセージ・銀河大戦」に就いた後、京都 ... もっと読む

【Episode18】  助監督になるその後       ──京都映画での日々   その14   東映に出稼ぎに行く   1978年秋、小生31歳。帯ドラマ「浪花おこし」の後は、私たちのチームには仕事がなかった。月決め契約という性格上、その月に仕事が無ければ、給与は基本 ... もっと読む

【Episode18】  助監督になるその後      ──京都映画での日々  その13   「みれん橋」の後は? 「みれん橋」の後は、昼帯ドラマ「浪花おこし」が始まるまでに数カ月あった。たぶん、1~2カ月は、小島さんに世話してもらって東映太秦映像に行ったと思われる。 ... もっと読む

【Episode18】  助監督になるその後       ──京都映画での日々   その12   昼帯ドラマ「みれん橋」に就く  1977年初夏、小生29歳。助監督になってから丸4年を過ぎた。「横溝正史シリーズ~本陣殺人事件」の後は、京都映画に戻って、フジテレビ(CX) ... もっと読む

【Episode18】  助監督になるその後      ──京都映画での日々   その11   前回に引き続き毎日放送(MBS)・大映映画・映像京都制作「犬神家の一族」から始める。時は、1977年の1月~3月。私は29歳、助監督になってから丸4年になろうとしていた。撮影の ... もっと読む

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