Episode6】

 「ある日突然監督に・続編」
            
その2


前号までの続き

「よーい、スタート!」と私が叫び、カチンコが鳴った。吹替(注1)の3人が30mの高さのロープ上を進んでいく。イイ感じだ。カットを掛けようとしたその時だ。バーンとロープが大きく揺れた。「アッ!」と思った。思わず椅子から立ち上がった。バラバラッと3人がロープから落ちた。一瞬、目の前が真っ黒になった。「あの高さだ。無事には済まない!」「大事故だ!」そう思った。「撮影が中止になる」「おれの監督人生も終わりだ」。1秒の何分の1かの間に様々なことが頭を過った。その直後だ。目を見張った。3人がロープに吊り下げられて揺れている。命綱だ!思い出した。「そうか、命綱を付けていたんだ」。だが、ロープは大丈夫か?いまのショックで切れたり緩んで落ちたりしないか?(注1:竜左近役・松方弘樹、お狭役・志穂美悦子、玄達役・小林稔侍の吹替。宍戸大全グループ)

保津峡落合写真
 保津峡落合  右側崖上、木が左向きに生えている場所の一番上と左の崖の間にワイヤ―ロープを張った。大型クレーンを設置したのも右側崖上。


転んでも唯では起きない

スタントチームの宍戸大全が走って来た。「ロープは大丈夫か?」と私。「大丈夫です!対岸のワイヤーロープが少し緩んだだけです。3人を戻して、張り直します」。ほっとして、椅子に座り込んだ。その時、閃いた。「今のを生かせないか?」「面白いんじゃないか?」。そして言った。「今のカット、OK!」。スタッフが「え!?」と私を見る。「今のアクシデントを捨てるのはもったいない。命綱がバレるまで生かします。次に崖上の訥庵(藤木悠)が『ハッ』と驚くカットを入れ、3人が手でロープにしがみ付くところを俳優さんの寄りで撮ります。その後のぶらんと3人が垂れ下がったロングのカットを次に吹替で撮って、寄りで3人がロープ上によじ登るカットを入れます。最後に崖上でホッとする訥庵を撮ります。以上5カットを撮り足します」。「なるほど」とスタッフたちが頷く。「ヨウノスケ、いや監督。転んでも唯で起きないのは、ええ根性や」とワカ(広瀬浩一)が言った。みんなが少し認めてくれたようだった。

 

サブちゃんとの対立

こうしたサブちゃん(藤原三郎:キャメラマン)の強引とも思えるアイデアとスタッフの献身的な協力は、随所で発揮された。それにわたしは随分助けられた。だが、サブちゃんとぶつかることもあった。

犬山城内のシーンだ。地下牢に吉宗の実母・於由利の方(伊吹友木子)が捕らわれている。床は石畳だ。尾張徳川家家老柳生主税助(御木本伸介)がやってきて、「主家のため不本意ながら、将軍吉宗公の実母であるあなた様を利用させて頂く」と告げる。「私は死にます」と於由利の方が言うと、「あなたは切支丹だから自害される心配はない」という内容の場面だ。

於由利の方は石畳の上に畳を2枚敷いて座らせている。サブちゃんは「畳を取っ払って直接石畳の上に座らせよう」と言い出した。石畳を濡らし逆からライトを当てて、石畳を光らせる画作りを狙っているのだ。よりインパクトのある画にするために、畳を取っ払って石畳全面を光らせたいと言う。

私は反対した。これは柳生主税助のキャラクターに関わる問題だった。主税助は主君を将軍にするという忠義のために、将軍吉宗の実母を拉致監禁した。彼女が切支丹であることを利用して吉宗の退位を迫るためだ。策士だが冷静に物事を計算できる武士だ。於由利の方に恨みはない。それに、彼女を元気に生かしておかなければ目的を達成できない。そういう隼人正が、将軍の実母を直接濡れた石畳に座らせるという虐待をするだろうか。彼女が衰弱して死んでしまえば、元も子もない。警固のために地下牢には閉じ込めているが、ある程度丁重に扱うのではないか。しかも、隼人正は主人公たちの敵方の最高指揮者だ。敵方の総大将を物事の計算も出来ない小さい人物に描くと、主人公も小さくなってしまう。ドラマも奥行きが無くなってしまうのではないか。そう考えて、私は畳を外さなかった。サブちゃんはちょっとむくれたが。

 

サブちゃんの無茶振り

もう1回はロケだった。峠の茶店のシーン。於由利の方奪還チーム6人が初めて全員集合する場面だ。そこで初めてチームに尾張行きが明らかにされるという内容の、かなり長いシーンだ。

そのロケの朝、7時過ぎに撮影所前の「スマート」に行った。「スマート」は三条通りに面したコーヒーショップで、京都映画の溜まり場だ。7時半ごろサブちゃんが来た。私の前にドッカと座る。「ヨウノスケ、茶店のシーンは景色を主体に撮らへんか?」。意味が良く分からない。「峠のてっぺんに茶店は組んであるので、茶店のロングや人物の背景はきれいな景色やないですか?」「そうやなくて、動かして撮らへんか言うとるんや」「けっこう人物が動くコンテになっていると思いますけど」「そうやのうて……」。よくよく聞いてみるとこうだった。茶店で全員集合したら、後は峠道や街道を歩きながらの芝居にしたい。それを風景主体のきれいな画で撮りたいというのだ。

意図は分かった。サブちゃんのことだ、素晴らしい映像のシーンになるだろう。だが、後15分ぐらいでロケ出発だ。サブちゃんのプランだと、ロングとグループショットと寄りの歩きの画を組み合わせてコンテを作り直さなければならない。望遠の画も必要だろう。そういうつもりでロケハンしていないので、場所を決めるのも大変だ。さらに、初めての全員集合の場面なので、互いの駆け引き芝居もある。後々の伏線となる表情も撮らなければならない。それを一応ちゃんと組み込んだ私のコンテと、サブちゃんのいう撮り方どっちが得だ?頭の中が高速回転した。「無理だ」そう思った。リスクが大きすぎる。

 「サブちゃんの言う撮り方は素晴らしいと思う。でも、僕には今すぐそれを短時間で組み立てる力が無い。悪いけど、今日は僕の立てたコンテで行かしてほしい」。そう言って頭を下げた。サブちゃんは憮然とした表情でコーヒーを啜った。茶店のシーンは私のコンテで撮った。

 

人生最大の山場!?

 私には時間がなかった。撮影終了後も睡眠時間を削ってコンテ作りに励んだ。毎日2~3時間の睡眠だったと思う。従って、ライティングなどの準備中に、助監督チーフの木下君に断って、セットの隅で仮眠をとったりした。スタッフには大変な協力をしてもらったし迷惑も掛けたと思う。だが、撮影は概ね順調に進んだ。そして、最大の山場を迎えた。ひょっとしたら、わたしの人生の最大の山場だったかもしれない。

 

最大の見せ場

 「赤い稲妻」最後で最大の見せ場は、保津峡の急流を使った船同士の追っかけっこと大チャンバラだ。ロケ出発前に、編集の園井弘一さんから「いっぱい撮ってこい。材料が多ければ、なんとしてでも面白くできるから」と激励を貰った。

 逃げる小舟には主人公の左近と吉宗の実母・於由利の方、それに庄三郎(本郷直樹)と船頭役の訥庵だった。追う船には尾張柳生の忍者たち。実際に亀岡から嵐山までの保津峡を下りながら撮影した。キャメラ船を使って2艘の追跡劇を撮ったり、追う船や追われる船にキャメラを乗せて撮った。キャメラを岸に据えて船上での激闘も撮った。いずれも保津峡の波が逆巻く急流や奇岩を入れ込んでの映像だ。迫力のある画を園井さんの言う通りいっぱい撮った。

だが、保津峡の急流では撮れないカットもある。船から船へ飛び移ったり、小船の上での激しい立ち廻りなどだ。そういうカットは実際の急流の上では危険過ぎるからだ。では、どんな方法で撮影したのか?それは準備段階で決めていた。

 

フロントプロジェクションという技術

 フロントプロジェクション(以下FP)という合成技術だ。合成というとブルーバックで人物を撮影して、背景との合成は現像所でやるのが当時の常識だった。だが、FPはスタジオで手前の演技と背景を同時に合成できた。背景を特殊なスクリーンに写しながら、同時に手前の演技を撮るという技術だ。「赤い稲妻」の場合はこうなる。背景となる急流、岩場、断崖などを、使うカットに合わせた画角であらかじめ撮影しておく。そして、手前の俳優さんたちの殺陣に合う背景をスクリーンに映写しながら撮影するわけだ。スクリーンに写った背景と手前の殺陣を同時に撮影することになる。

 この技術の存在を教えてくれたのは、キャメラマンのてっちゃん(藤井哲也)だった。台本が出来た時点で、まだチーフ助監督だった私はてっちゃに相談した。てっちゃんは「赤い稲妻」のスタッフには入っていなかったが、仲の良い友達だったし、なによりも京都映画で最も技術に詳しい男だった。「急流でのチャンバラを、合成できれいに撮る方法はないかな?」と、私は訊いた。

現像段階での合成は16mmフイルムではあまりきれいではなかった。CMや本編のように35mmで撮ればきれいに合成できるのだが、テレビ映画の場合予算の関係で無理だった。「東映がFPという技術システムを持ってんで」とてっちゃんが教えてくれた。マリリン・モンロー主演の「帰らざる河」、その急流シーンで使われた合成技術ということだ。

 早速、てっちゃんと二人で東映の撮影部に話を聞きに行った。「いける」という手応えだった。費用は機材と技術者、スタジオのレンタル料も含めて1日80万。2700万の予算でひとつの場面に80万。高いが目玉となるシーンだ。佐々木プロデューサー(以下P)を説得してOKを貰った。以上の経緯で成立したFPによる撮影だった。

 

運命の撮影日

 さて、保津峡での撮影も済み、いよいよFPによる撮影の日となった。背景の画はてっちゃんが撮ってくれていた。東映のステージに保津峡ロケで使った二艘の船を運び込み、FP用スクリーンと投影・撮影機材の間にセットした。FPはスクリーン投影用の映写機と撮影用のキャメラが同じ光軸になるようにセットされている。後ろから背景を映写しその前からキャメラで撮ることで、スクリーンに出来た人物の影を本人の体で隠すことができるのだ。難しいことはよく解らないが、ハーフミラーを使うことでそういうことが可能だという。正直、京都映画のスタッフも私も初めて経験する技術なので、多少の不安はあった。だが、新しい技術を使えるという興味の方が勝っていたと思う。

 さて、準備を進めるうちに俳優さんたちもセットに入ってきた。松方弘樹、藤木悠、本郷直樹、於由利の方役の伊吹友木子、それに尾張柳生の忍者たちだ。松方弘樹は東映の大スターなので、付き人や取り巻きたちも数人いた。私は俳優さんたちに挨拶し準備に戻った。俳優さんたちはキャメラの少し後ろで、松方弘樹を中心に椅子に座って談笑している。

 

「この撮影やめないか」

これまで松方弘樹を始め、俳優さんとのトラブルは全く無かった。松方弘樹は大スターらしい存在感を随所に発揮していた。運動神経も素晴らしく、左手を使っての手首を効かした立ち廻りは、抜群に歯切れが良かった。

 間もなく準備が整い、そろそろ段取りを始めようかというその時、藤木悠が私の傍に近づいて来た。「監督、松方さんが話したいと言ってる」。松方弘樹の方を見た。こっちを見ていない。頭の中でアラームが鳴った。「何かある」。

だが、なにくわぬ顔で松方弘樹の傍に行き言った。「何でしょうか?」「この撮り方やめないか」。驚いた。ここまで重要なこととは思わなかった。「FPですか?どうしてですか?」。松方弘樹の話はこうだった。以前、東映本編でFPを使って撮影したことがあるという。映画館に行ってその映画を観た。そしたら、FPを使ったシーンになってお客さんに笑われ、恥ずかしい思いをしたという。合成がバレたらしい。だからFPでの撮影を止めたいというのだ。

 

絶対絶命!どうする?

 松方弘樹の気持ちは理解できた。だが、FPを止めたらどうなる?80万が吹っ飛ぶ。それだけではない。FPに変わる新たな撮影方法を探さなければならない。ブルーバックで撮って、現像による合成は?論外だ。新たな費用が発生するし、画質が汚くなる。それに、人物のエッジのギザギザも出て合成がバレる。保津峡の穏やかな流れで撮るか?これは最悪だ。流れを入れれば、すでに撮影済みの急流を入れた前後のカットと繋がらなくなる。では、流れを入れないで空や山バックで撮るか?これはもっと悪手だ。明らかに逃げのチャチなやり方だ。

どうする?私たちの周りでは、スタッフや俳優の全員が事の成り行きに注目していた。東映の関係者も見ていた。みんな手を止めて私たちを見ている。監督としての力量が試されていると思った。覚悟を決めた。ここで松方弘樹の意見に従って撮影を中止したら、私の未来はないと思った。ここは運に賭けるしかない。

 「大丈夫です。京都映画のスタッフは東映より優秀です」。言ってしまった!全員に聞こえる声だった。ここは突っ張るしかない。「サイズも寄り目にして、カットは短く使います」。もうひと押しだ。「合成がバレる心配はありません。大丈夫だよね、サブちゃん!」。すかさずサブちゃんが応えてくれた。「おー、大丈夫やー!」。「それでは撮影を始めます!」と、宣言する私。「おー!」と、スタッフの雄叫び。「よっしゃー、段取りいこか!」と、たぶん南ちゃん(南所登:照明助手)。「はーい、忍者の方は船に乗ってくださーい」と、木下(木下芳幸:助監督チーフ)。口々に叫んで、スタッフが一斉に動き出す。惚れ惚れするチームワークだった。松方弘樹や藤木悠もその勢いに飲まれたのか、その後一切クレームはなかった。松方弘樹は見事な立ち廻りを披露してくれた。

 

人生の分かれ道だった!?

こうして私は最大の難局を乗り越えた。FPで撮ったカットは編集の園井さんのお陰で、さほど違和感なく見れる出来栄えとなった。誰からもあれはヒドイと言われることもなかった。しばらく経ってから、照明の南ちゃんが言った。「松方弘樹の言うことをきいて中止してたら、お前の未来はなかったな。お前のあの時の突っ張りを見て、コイツとはこれからもやっていけると思うたで。みんなもそうなんちゃうか」。まさしく人生の分かれ道だったのだ。

 

初監督=祭りのその後

 こうして、みんなの協力のおかげで「赤い稲妻」を撮り終えることができた。「赤い稲妻」は完成し、日本テレビでの試写も好評だった。松方弘樹は大スターらしい魅力と存在感を発揮していたし、殺陣などのアクションも見ごたえがあった。やはりサブちゃんの画は素晴らしく、私の拙い演出を助けてもらっていた。佐々木Pの友人・渡辺岳夫さんの音楽もドラマを盛り上げてくれた。

翌年198135日に「木曜ゴールデンドラマ」で放送された。視聴率もまずまずで、日本テレビは続編を作ろうと言ってくれた。その打ち合わせで、東京の日テレ本社にも行った。だがその矢先、日本テレビは新たに「火曜サスペンス劇場」という2時間ドラマ枠を作ることになった。「木曜ゴールデンドラマ」からは撤退するという。「火曜サスペンス劇場」は全作品現代劇ということで、「赤い稲妻・続編」の出る幕はなくなった。

 実は「赤い稲妻」は大赤字だった。2700万の予算で、なんと700万の赤字を出していた。私は撮り終えることに一生懸命で、お金のことはあまり気にしていなかったのだ。考えれば、あれだけやりたい放題の撮影をしたのだから、赤字は当たり前だった。それにしても、700万とは……。

撮影が終わってから、私は佐々木Pにこっぴどく叱責された。そして宣告された。「もう一度、助監督から修行しなおせ!」と。私は1本だけ撮って、助監督に舞い戻ることになった。だが、この1本で得た経験は私の貴重な財産になった。なによりも、あんなに切羽詰まった状況で初めての監督を引き受け撮り終えたという経験は、今後何が来ても「何とかなる」という自信になった。

こうして、私の「ある日突然に監督に」は終わった。これも神さんが決めたことなのだろうか?

 

                           Episode6】The End  

 

※【Episode7】は来週水曜日アップ予定です