Episode9】
 超個性的な監督・三隅研次
              その1

名監督三隅研次

私が助監督として付いた監督のなかで、もっとも印象的だった監督の一人が三隅研次監督だった。三隅監督は大映京都撮影所の代表的な監督で、「座頭市シリーズ」「眠狂四郎シリーズ」「斬る」「剣鬼」「釈迦」「大菩薩峠」など、数々の傑作時代劇を撮って来た。1971年大映の倒産後は、「子連れ狼シリーズ」「狼よ落日を斬れ」などを監督した。テレビ映画にも進出し、私のいた京都映画でも撮るようになった。「必殺シリーズ」の監督と言えば、深作欣二・工藤栄一とともに必ず名前が上がる名監督だった。

 

特異な面構えと毒舌

どこが印象的だったのか?まず、風貌だ。鋭い眼光、大きく尖った鼻、赤く大きな唇。口の悪い同僚が「魑魅魍魎」と評したほどの特異な面構えだ。ニヤッと笑うと般若の面が笑ったようだった。そして毒舌。中年の男優は面と向かって「オッサン」と呼んだ。あの「緒方拳」も「中村敦夫」も「藤田まこと」も「オッサン」だ。ちなみに、若い男優は「二―ちゃん」、若い女優は「ネーちゃん」、若くない女優は「おばはん」だった。

三隅組02
「助け人走る」撮影風景(撮影:牧野譲)前列右から三隅研次監督、藤田まこと、
中村富哉キャメラマン。

 

何度も殺された

他の監督と比べても、どこか近寄り難いオーラを発していた。現場では厳しかった。助監督が繋がりなどを間違えると、「殺したろか」と言われた。繋がりを覚えるのが苦手だった私などは、何度殺されたことか。

その一方で、現場を離れると優しい面を見せた。昼食時に「メシ食うか?」と、ごちそうして頂いたことも何度かあった。三隅監督はロケでもロケバスには乗らず、マイカーで現場に赴いた。ロケから撮影所に帰る途中マイカーに乗せて頂いて、そのまま金閣寺あたりのレストランで昼食をご馳走になったこともあった。

 

白紙の台本

三隅監督の台本には何の書き込みもなかった。台本に一文字も書いていないのだ。普通、監督の台本にはいっぱい書き込みがしてあるものだ。シーンごとにロケかセットか、デイシーンかナイトシーンかなどが書き込まれており、さらに撮影プラン(コンテ)がびっしり書き込まれている。実相寺昭雄監督などは台本だけではコンテが書き切れず、別紙にも書いていたくらいだ。芝居の流れやセリフを変えたい場面ではそれも書き込んだりする。私のように演出上の注意点を赤文字で書き込む監督もいる。

だが、三隅監督の台本にはそういった書き込みが一切なかった。だから、監督の台本を覗き見ても、「どんなカットを撮るのか」「このシーンは何カット撮るのか」がまったく分からない。そういう意味ではある種の「神秘性」を持った監督だったかもしれない。

 

「カシワが鳴くまで撮るぞ」

唯一書いてというか描いてあるのは、台本の表紙右上のイラストだ。画家志望だったという三隅監督は、ご自分の名前にちなんで毎回色鉛筆で三角形のイラストを描いていた。三角形の中の図案は毎回違うのだが、時々ニワトリの画が描いてあった。それを見たベテランスタッフが嘆く。「あちゃー、今回はカシワが鳴くまで撮るいうてはるで」。カシワとは関西弁で鶏肉のことだ。ニワトリのイラストは、ねちっこい演出(失礼!)で知られる三隅監督の、「徹夜も辞さない」という意思表示だというのだ。

そういえば、深作欣二監督も工藤栄一監督も徹夜が多い監督だった。この3人の監督が活躍した「必殺シリーズ」の初期は、徹夜徹夜の連続だった。仕掛人や仕置人たちがひとり殺すたびに徹夜していた。「必殺徹夜シリーズ」だったのだ。

 

驚愕の衣装選び

三隅監督は撮影前の衣装合わせの時から粘った。他の監督の衣装合わせは、普通2時間ほどで終わる。衣装部や助監督に任せてしまう監督も少なくない。だが、三隅組は昼の1時から始まって夕方までに終わることはまずない。レギュラーの衣装は決まっているので、ゲストの衣装だけを決めればいいのだが、これが決まらないのだ。三隅監督は特に女優の衣装にシビアだった。衣装部が出して来る衣装にことごとく首を横に振る。最初は「もっとええのはおまへんか?」と、はんなりと言うのだが、段々と口調もきつくなってくる。「ええのはおまへんのかいな!!」。我々助監督も衣装部と一緒になって衣装倉庫を探し回る羽目になる。

やっと着物が決まると次は帯だ。衣装部が出す帯がまた三隅監督は気に入らない。衣装部の合わせる帯は着物と同系色だったり常識的なものが多いのだ。全部ダメとなった後、監督が言った。「あそこの帯持って来やす」と棚に大量に積まれてある帯の一枚を指さした。「えー!?」と思う色合いだった。「あれは無理やろ」と内心みんなが思った。衣装部がその帯を着物の上に乗せた。「おー」と全員から声が出た。合うのだ。着物も帯も引き立つ抜群の組み合わせだった。凄い感覚だった。若いころ画家を志したという三隅監督の色彩感覚に脱帽した。三隅組の衣装合わせは夜10時まで及ぶこともあった。

 

撮影現場での三隅監督

撮影現場での三隅監督はどうだったのか?セットに入ると、監督は撮影する部屋の一角に陣取る。ペタンと正座するのだ。その場所はそのシーンの撮影でキャメラが来ることも、照明のライトが来ることもなかった。そして、「キャメラはそこから2ショット」とキャメラポジションを指示し、「オッサンはここ。ネーちゃんはそこ」と俳優の位置を指示する。「オッサン」と「ネーちゃん」が指定場所に座ると、「このセリフ言うて」と指示する。「このシーンはこうなってああなって」などの段取りの説明は、俳優にもスタッフにも一切ない。次に撮るカットの指示だけだ。

 

「ネーちゃんねぶりのオッサン」

余談だが、その指示には際どい言葉が飛び出すことがある。「次はネーちゃんねぶりのオッサン」。最初聞いた時はドキっとした。なめカット(主な被写体とキャメラとの間に人物やモノを入れ込んで、画面の奥行きを作ったりそれぞれの位置関係を明らかにする撮影技法のことを、撮影所では「なめる」と言う)のことを、三隅監督は「ねぶる」というのだ。舌で舐めることを西日本では「ねぶる」とも言うのだが、際どい濡れ場のシーンで「オッサンねぶりのネーちゃん」などと言われると、どんな顔をしていいのか困ったものだ。

 

厳しくも繊細な演技指導

さて、テストが行われ、三隅監督の演技上の指示がある。女優の所作指導は特に念入りだった。「そんなこともできまへんのかいな!」と言いながら、監督自らやってみせる。それがまた惚れ惚れするような、繊細かつ優雅な女性の動きをやってみせるのだ。ご本人の容貌や毒舌とは裏腹なきめ細かい演技指導に、われわれスタッフは舌を巻いたものだ。

また、旧大映大部屋出身の若手俳優にも熱心な演技指導を行った。「必殺必中仕事屋稼業」の時だった。黛康太郎という若手俳優が遊び人の役で出演した。夜間オープンだった。そのシーンは相当遅くなってから撮影が始まった。彼が緒形拳にスッと近寄って囁くという芝居だった。三隅監督は足の運び、囁く時の拳さんとの間合い・角度、体の傾き具合、口に持っていく手の使い方、目線の角度、立ち去る時の間合いや体の使い方などを事細かに指導した。なかなか気に入った演技にならないようだった。ご自分でもやってみせる。俳優よりも上手い。遊び人らしい雰囲気がピッタリ出ている。途中で雨が降ってきた。30分ほどの中断後も演技指導は続いた。監督としての責任感もあったかもしれない。だが、私たちスタッフは、三隅監督の大映関係者への愛情の深さ、言い換えれば、倒産してしまった大映という撮影所に対する思い入れの深さに感動したものだ。

 

「キィヤーーー!」と「かっと」

さて、さて、いよいよ本番となる。気に入った芝居であれば「キャ―ッ」と大きな声が掛かる。初めて三隅組に付いた時は、「何事が起ったのか!?」とびっくりした。カットのことだ。気に入らなければ、「かっと」と、ゆっくりと小さくすげない声。カットの掛け方で、気に入った芝居かどうかがセット中の人間に分かってしまう。さらに、「かっと」後の監督の指示で俳優に対する評価が分かる。そのまま次のカットに進む場合と、演技指導をして再度挑戦させる場合だ。幸運な後者はどこか見所のある役者、もしくは大映の大部屋出身の俳優だ。そのまま次のカットに進まれた俳優は……。言葉にするのは失礼過ぎるのでやめておく。

難しいカットだったり重要な芝居やアクションの場合、気に入れば「キィヤーーーー!」と、怪鳥の叫び声のような大きな声のOKが出る。そうなると現場は乗って来る。そういう意味では現場に君臨するだけではなく、スタッフや俳優の操縦術にも長けた監督だった。

 

カットナンバーが分からない

私が助監督サードで始めて付いた時は戸惑った。何しろコンテが存在しない。もちろん、三隅監督の頭の中にはちゃんとあるのだろうが、誰も知らされてはいない。現場での段取りの説明もない。なのにサード助監督はカチンコにシーンナンバー、カットナンバーを書いてカメラ前で叩かなければならない。編集部はフィルムに写ったそのナンバーを見て、そのカットがどのシーンの何番目のカットかを知るわけだ。従ってカチンコ打ちは重要な仕事だ。

ちなみに映画の場合、なぜキャメラの前でカチンコを叩くのか?カチンコのボードに書かれたシーンやカットのナンバーをフィルムに記録する以外に、もうひとつ役割がある。映像と音声を同期(シンクロナイズ)させるためだ。フィルムで撮影される映画の場合、映像はキャメラで撮ったフィルムに記録されるが、音声は録音機で別のテープに記録される。この二つを同期させるにはどうするのか?

テレビ映画で使用された16mmフィルムを例に説明しよう。まず現像した16mmフィルム(ポジフィルム)のカチンコが叩かれた瞬間のコマに印を入れる。次に録音されたシネテープ(16mm)の、「カチン」とカチンコが叩かれた音のところに印を入れる。その二つの印が同じ場所にくるようにフィルムとシネテープを編集機にセットする。編集機は16mmフイルムと16mmシネテープが同じ速度で動くようになっているので、画像と音声がシンクロして編集できるというわけだ。

カチンコを叩くのは、一番下っ端のサード助監督の仕事だ。それは、カチンコをフィルムにちゃんと写るように叩くためには、キャメラが何をどう写そうとしているかを理解している必要があるので、キャメラの画角やキャメラワークの勉強になるからだ。また、映画技術の根本のところに携わらせることで、映画というものを早く理解させるという目的があると言われてきた。

 

「10カット抜いといて」

さて、さて、さて、三隅組のカットナンバーだ。シーンの最初のカットは引きの画が多いので大体見当が付くのだが、経験が乏しい悲しさで2カット目以降が分からない。記録のオタキさん(野口多喜子)に「カット幾つでしょうか?」と訊いても、「自分で考えなはれ」とすげない。仕方なく、三隅監督に「何カット抜けばいいでしょうか?」と、恐る恐る聞くことになる。「10カット抜いといて」と監督。私はカチンコに「〇〇(シーンナンバー)─12」と書く。

いよいよ本番。「ナンバー送ります」と録音部に声を掛ける。本番前に今から撮るカットのシーンナンバーとカットナンバーを録音しておくのだ(実際は録音ナンバーもカチンコに記入し録音もするのだが、話がややこしくなるので省く)。録音部から「ブー」と「録音OK」のブザー。私は大声で「シーン〇〇、カット12」と叫んだ。いきなり、「訂正!カット2」の声が飛ぶ。オタキさんだ。驚いた。三隅監督は「10カット抜いといて」と言ったではないか!何が起こった!?

 

                                                       To Be Continued

※続編は来週水曜日にアップ予定