Episode15】
   映画界小ネタ集 
          その2


撮影所おもしろ小話

〇抵抗を上げろ

  時代劇の怪談ものの見所は幽霊だ。「四谷怪談」では伊右衛門の後ろに殺されたお岩の幽霊がスーと現れたりする。何もないところに幽霊を出すのは、ビデオ撮影の現在では編集で簡単に出来る。だが、私が撮影所にいたころはまだフィルム撮影だった。フィルム撮影の場合、伊右衛門とお岩を別々に撮影して現像所で合成するという方法もあった。だが、この合成は費用も掛かるし、何よりテレビ映画で使われていた16mmフィルムでは、合成がキレイにできなかった。画面の粒子が荒くなるし、合成のカットの直前にパカッと色が変わったりするのだ。

  そこで使われたのがポリチパールという技術だ。ハーフミラーを使う。ハーフミラーはマジックミラーとも呼ばれるが、明るい側からは鏡に見えるが、暗い側からは向こうが透明ガラスのように見えるという特性がある。

 

四谷怪談2
「四ツ谷怪談」ポリチパールによるお岩の幽霊を出現させる概念図

 

  撮影の方法はこうだ。上図のように部屋で伊右衛門が酒を飲んでいると、その後ろにお岩の幽霊がスーッと現れるという設定で説明する。まず。キャメラやキャメラマンの周囲を暗くする。次にキャメラ前方の部屋に伊右衛門を座らせて、お岩の幽霊が出てくるスペースを空けて構図を決め、ライティングをする。幽霊が出てくるのだから当然ナイトシーンだ。ナイトシーンでも灯りが煌々として部屋が明るくては幽霊が出にくい。従って灯りが点いていないか、若しくは点いていても幽霊が出てくる直前に風もないのに灯りがフッと消えるという演出にする。これは雰囲気だけのことではない。幽霊をポリチパールで出す時に、伊右衛門の背後が明るいと箪笥や襖と幽霊がWってしまって、幽霊がスッキリ見えないのだ。そういうことで、幽霊が出る時は部屋を暗くして、伊右衛門だけが少し浮き上がって見えるような段取りとライティングが必要になる。

さて、ハーフミラーだ。キャメラと伊右衛門の間にハーフミラーを45度の角度で斜めにセットする。そしてハーフミラーの真横延長線上にお岩を立たせる(背景は黒幕)。ここで注意しなければならないのは、お岩の幽霊を伊右衛門の後ろに出すためには、キャメラと伊右衛門の距離(AB)よりもキャメラとお岩の距離(AC)を離して立たせるということだ。お岩には幽霊らしい雰囲気のライティングをするが(幽霊なので腰から下は徐々に暗くしておく)、最初は点灯せずに真っ暗にしておく。そうすると、キャメラには素通しのハーフミラーを通しての伊右衛門しか映っていない。

 

サーお立合い。パパンパンパン(張り扇で演台を叩く音)。いよいよここからが、お岩の幽霊が出てくるというコワ―イ段取りになる。サーどうする、皆の衆。徐々にお岩に当てたライトを明るくしていくのだ。パパンパンパン。するってーと、ハーフミラーに反射して写ったお岩が伊右衛門の後ろに現れてくるって―寸法だ。アラ不思議、ライトの光量が上がるに連れて、ハーフミラーを透過した映像(伊右衛門側)と反射した映像(お岩側)がミックスされるって―わけだ。サーお立合い。二人の距離感の違いと、お岩の足の部分が写らないことによって、お岩の姿が伊右衛門の後ろに現れるという仕掛けだ。パパンパンパン。ここで注意しなきゃいけね―のは、お岩の姿は鏡に写った映像だってことだ。着物の打ち合わせやほくろなど左右を逆にしておかなくちゃ―ならない。これを忘れちまって、撮り直す羽目になった―ってことがよくありやした。お岩幽霊登場の一席、お粗末でした。

 

このライトを明るくしていく、光量を上げていくのに撮影所では「抵抗」と呼ばれる機材を使った。この「抵抗」はおよそ30cm×20cm×20cmぐらいの鉄製の箱で、上にダイヤルが付いていた。ダイヤルを回すと光量が上がっていくのだ。
 ここからは大映京都撮影所であった話だ。タイトルまでは聞いていないが、話を分かりやすくするために仮に「四谷怪談」としよう。ポリチパールを使う場面になった。先ほどのポリチパールの説明と同じで、伊右衛門の後ろにお岩の幽霊を出すのだ。準備が整ってテスト前の段取りになった。照明技師が新人助手を離れた場所置いてある抵抗器の傍に連れて行って言った。「俺が『抵抗』と言ったらこの抵抗を上げろ」。新人助手は張り切って言った。「はい抵抗を上げます」。段取りなので途中でスタッフが声をだしてもOKだ。
 監督が「じゃー、一度やってみよう。ヨーイ、スタート」と掛け声を掛けた。カチンコが鳴る。伊右衛門が酒を飲み始める。燈明の灯りがフーッと消えた。伊右衛門が異様な雰囲気を察して盃を口から離す。監督が照明技師に合図する。照明技師は「抵抗」と声を掛ける。が、キャメラのファインダーにはお岩の姿が現れてこない。キャメラマン「出てこんな」。「もっと上げろ」と照明技師。「まだや」とキャメラマン。間が持たずキョロキョロする伊右衛門。イラついた技師が叫ぶ。「一杯まで上げろ!」。新人助手の苦しそうな声「こ、これ以上、上がりません」。「何でや!」そう叫んで助手の方を見た技師が驚いた。その視線の先。新人助手が重い抵抗器を頭上に目いっぱい持ち上げていた。「抵抗器」を「上げて」いたのだ。

 

〇豪傑俳優・ 柳太朗「君どこに行くの?」

  私が助監督サードの時、東映から応援でベテラン演技事務のIさんが来た。演技事務と
 いうのは俳優さんにスケジュールを伝えたり、出番の呼び出しを
したりする役職だ。当
 時、その役職は東映や大映系の製作会社にはいたが、
京都映画にはいなかった。製作主任
 が演技事務の仕事も兼ねていたのだ。
Iさんは話が面白く、特に 柳太朗さんについて
 のエピソードに私たちは腹を抱え
て笑った。

 柳太朗という俳優は東映時代劇の大スターで、私が子供のころは「怪傑黒頭巾シリ
 ーズ」や「丹下左膳シリーズ」「むっつり右門捕物帳シリーズ」
などのヒット作の主演を
 していた代表的な時代劇スターだった。

 Iさんによれば、 柳太朗は豪放磊落な役柄に反して、大変生真面目で神経質な人だ
 ったらしい。よく夜中に、東京から京都の
Iさんの自宅に電話を掛けて来たという。出演
 する作品の演技についての相談や心配事などだった。それが新しい作品に入る度ごとで、
 毎回数時間にも及んだという。

 そして京都に来る新幹線の中では、セリフの稽古をしていたらしい。それも大声で。車両中に大 柳太朗の声が響き渡った。「近藤さん、桂さんの身柄はこの倉田典膳がもらい受ける。新選組の諸君、さらばだ。また会おう」「ゲ、姓は丹下名は左膳。苔猿の壺は俺がもらった。あばよ!」「フム、蛇の目傘の女か……こいつがこの一件の鍵を握るってわけだな」「おのれ無礼者!そこに直れ!」等々。お客さんはさぞ驚いたことだろう。

 ある日の夕方、退所するIさんが東映京都撮影所の正門に差し掛かった。キッと音がして真横にタクシーが止まった。窓が開いて後部座席に座った大 柳太朗が言った。「仕事が終わったんなら、祇園で一緒に飲まないか?」「ご馳走して頂けるんですか?ありがとうございます」。Iさんはタクシーに乗り込んで、大 柳太朗の横に座った。車内では話が弾んだ。その日の撮影のこと。監督や他の俳優さんの噂話など。

 タクシーが四条大橋に差し掛かった。大 柳太朗が言った。「ところでI君、君はどこに行くんだ?電車に乗るんならここだろう」「!?!?!?」。Iさんは二の句が継げず、そのままタクシーを降りたという。

 

「宮本武蔵」セット撮影松坂慶子

「宮本武蔵」セット撮影風景。右端が若き日の松坂慶子(吉野太夫)。前列2番目が西山正輝監督、3番目が筆者。4番目が照明技師・染川広義さん。大 柳太朗さんは残念だが写っていない。

 

その後、私も1度だけ大 柳太朗さんとご一緒したことがある。市川海老蔵さん主演の「宮本武蔵(19751976年関西テレビ・歌舞伎座テレビ制作)」だ。細川家の家老長岡佐渡役だった。私は、セカンドだったと思う。セットに入って来た旅姿の大さんが「ワラジ」と言った。あいにく持ち道具係がセットに見当たらなかった。私は持ち道具を入れたボテの中から藁で編んだ草鞋を取り上げて大さんの処へ走った。「ワラジです」。そのワラジを見て大さんが言った。「無礼者!それは百姓のワラジだ!」。驚いた。ワラジに種類があるとは知らなかった。「失礼しました」。装飾部屋に行って装飾係の玉井さんに事情を話した。「ホンマは藁のワラジでええねん。東映では役者にヨイショして麻ワラジを履かしよるけどな。これや」そういって白っぽい色をした細い繊維で編んだワラジを出してくれた。「見てみ。これかて化学繊維で編んであるやろ」。なるほど。私はオープンセットに取って返し、大さんに「失礼しました!」と、麻もどきのワラジを差し出した。大さんは「無礼者!これは毛唐のワラジだ!」とは言わなかった。

 大柳太朗さんは撮影現場で非常に細かいことを気にしていた。目頭の具合を小さな鏡で頻繁に見ていた。楊枝のようなモノを使って目頭の化粧を直したりしているようだった。

 ある時、「本番です」と声を掛けても、鏡を見たまま椅子から立ち上がってこない。例によって目頭を気にして楊枝を動かしているようだった。キャメラマンが「大ロングなんやけどな」と呟いた。私は大声で叫んだ。「大さ―ん、大ロングで―す!」。大さんが鏡を見たまま言った。「分かっとる!」。それでも、しばらく大さんは立ち上がって来なかった。

 

〇ヒヤメシ

  私が京都映画で助監督を始めて間もないころだ。最初の毎日放送・松竹制作「サスペン
 スシリーズ」2本にサード助監督で付いた後、京都映画で「必
殺シリーズ・必殺仕置人」
 のラスト4本にフォースで付いた。当時の京都映
画では、1時間番組でフォースというの
 は員数外の助監督ということだ。カ
チンコはサードが叩いた。フォースの私は何をするの
 か?セットの外で「誰々を呼んで来い」とか「何々を持ってこい」とか用事を言いつけら
 れるのを待っているのだ。「サスペンスシリーズ」が終わった時点でお祓い箱になっても
 おかしくない状態なのを、京都映画はお情けで私を置いてくれたのだろう。

 長屋のセット撮影だった。私はステージの表で所在なく立っていた。ガバッと潜り戸が開いた。サードが顔を出して言った。「ヒヤメシ持ってこい」。聞き返す間もなくバタンと戸が閉まる。私は装飾部に走った。駆けこんで言った。「スイマセン、冷たいご飯を一膳下さい」。装飾部の玉井さんが首を傾げた。「冷たいご飯?何に使うんや?」「さー、とにかくサードの中林さんが必要だと」。玉井さんは首を傾げながらも、炊飯器から冷たくなったご飯を粗末な茶碗によそってくれた。私はそれを持ってステージに走った。長屋のセットに駆け込んで中林さんに茶碗を差し出し言った。「ヒヤメシ持って来ました」「なんやこれは?」「ヒヤメシです」「アホ!ゾーリ、ワラゾーリや!」「へ!?でもヒヤメシって……」。ワケがわからない。「これや」と後ろから声が掛かった。振り向くと、装飾の玉井さんが藁草履を持って立っている。「ヒヤメシと言うんは、粗末な藁草履のことや。どうもおかしいと思って持ってきたわ。中林、相手は新人やぞ。ちゃんと教えたらんかい」「すんません」。そう言って中林さんはセットに向かった。

 ヒヤメシとは映画界だけの言葉かと思ったが、辞書を調べてみると「冷飯草履」でちゃんと載っていた。「緒も台も藁で作った粗末な草履」とある。残念ながら語源は載っていなかった。

 

〇「カァー」と叫んだのは……

  「ヨーイ、スタート」「カット」の掛け声は監督のシンボルと思っている方もいるかもしれない。だが、実際は監督によって掛け声の掛け方は様々だ。「ヨーイ、スタート」と叫ぶ人もいれば、「ヨーイ、ハイ」という監督もいる。まあこの二つが大多数だが、ちょっと捻って「ヨーイ、スターツ」という監督もいた。中には何を言っているのか分からない掛け声の監督もいた。獣の咆哮のような叫び声で、「ワーイ、ワー」としか聞こえないのだ。東映に多いタイプだ。

  笛やホイッスルを吹く監督もいた。渡辺祐介監督は笛派で「ヨーイ、ピー」だった。番匠義彰監督はホイッスル派だ。「ヨーイ、ヒュー」なのでどうにもピリッとしない。
 ある時、番匠監督が「ヨーイ」と掛け声を掛けた。直後、「ちょっと待った」とキャメラマン。ちょいとナメ物を直し、すぐに「どうぞ」とキャメラを覗いた。その後だ、「ヨーイ」抜きに「ヒュー」とホイッスルが鳴った。キャメラ助手は慌ててキャメラのスイッチを入れる。助監督は、カチンコを画面の外で叩いてしまう。俳優も慌てて芝居を始める。シッチャカメッチャカになった。当然NG。監督がホイッスルを咥え直すのが面倒なものだから「ヨーイ」を抜かしてホイッスルを吹いたのだ。

 

  「カット」の掛け方も様々だ。「カット!」「ハイッ!」の正統派もいれば、「キャ───!」と叫ぶ三隅研次監督のような猛烈派もいる(【Episode9】)。三隅監督の場合、出来の善し悪しでカットの掛け方が変わるのが面白い。芝居が気に入らなければ、無表情ですげなく「かっと」と呟いた。笛やホイッスルの場合カットの掛け方はどうだったのか?どうしても思いだせない。たぶん、普通に「カット」とか「ハイ」とか言っていたのだろう。

  「カァー」と叫んでいたのは井上梅次監督だ。井上梅次監督は国内映画6社のみならず、香港のショー・ブラザーズまでも股に掛けて活躍した大監督で、日活時代の石原裕次郎主演作「嵐を呼ぶ男」はつとに有名だ。京都映画には「必殺シリーズ」をメインに演出したが、「斬り捨て御免!第3シリーズ」も1本撮った。井上監督はとにかく賑やかな人で、自分の家族のこと、他の監督の台本のこと、撮り方のこと等々、何にでも首を突っ込んでいた。また、豪華な自分の家や財産のことも平気で話すので、日本一お金持ちの監督ではないかとスタッフは噂をした。その一方で、「食券を貰っていないぞ(当時の監督は一枚400円分の食券を助監督のサードに譲るのが習慣だった)」と叫んだり、冷蔵庫を開けて「オレの牛乳を誰が飲んだ!」と怒ったりする落差が面白かった。製作部の部屋では井上監督の話題で持ち切りだった。スタッフは普通は監督のことを話題にするときは、「工藤さん」とか「三隅さん」とか言うのだが、井上監督のことは「梅ちゃん」と呼んでいた。

  ある日の必殺シリーズ井上梅次組のロケ現場でのことだ。井上監督の「ヨーイ、スターツ」「カァー」の掛け声が響き、撮影は快調に進んでいた。少し長いカットの撮影になった。「ヨーイ、スターツ」。カチンコが鳴って2人の俳優の演技が始まる。しっとりとした静かな芝居だった。突然、「カァ──」の声が響き渡った。「え?」と演技を中断する俳優。スタッフも何事かと井上監督を見る。その視線の先、顔を真っ赤にした井上梅次監督が叫ぶ。「誰だ!勝手にカットを掛けたのは!?」。するとまた、「カァ──」という声。全員が上を見上げた。低い木立のてっぺんにカラスが一羽。大きく口を開けて、「カァ──」と叫んだ。以後、「梅ちゃん」は「カラスのおじさん」や「カーのおっさん」になった。

 

                      【Episode15  The  End 

 

※【Episode16】は来週水曜日(7月3日)にアップ予定。



お知らせ

 スマホではこの後に、私が関知していない広告が掲載されるようです。目障りだと思われる方もおられると思います。お目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。

摩訶般若波羅蜜多心経

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 

照見五蘊皆空 度一切苦厄  舍利子 

色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 

受想行識亦復如是  舍利子 是諸法空相 

不生不滅 不垢不浄 不増不減 

是故空中 無色 無受想行識 

無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 

無眼界 乃至無意識界  無無明 

亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 

無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 

菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 

心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 

遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 

三世諸仏 依般若波羅蜜多故 

得阿耨多羅三藐三菩提  故知般若波羅蜜多 

是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 

能除一切苦 真実不虚  故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰


羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶


般若心経