【Episode16
   撮影コンテいろいろ
             その1

 

これまで撮影コンテについて度々触れていたが、今回はその撮影コンテにまつわる様々なことを書いてみたい。

 

「監督とキャメラマンがソッポを向いている」

助監督チーフのころこんなことがあった。フジテレビ・京都映画制作の昼帯ドラマの撮影中だった。その日はロケ予定で本隊は朝8時に出発していた。私は2番手の俳優さんを連れて遅れて出発する予定だった。10時ごろにセカンド助監督の木下芳幸君から電話が掛かった。「順調か?」と訊くと、「ワンカットも撮ってへん」と言う。「なんでや?撮影開始してからもう一時間やろ、4~5カットは撮ってるはずやないか?」「監督とてっちゃん(藤井哲也キャメラマン)が言い合いになって、ソッポを向いてる。助けに来て」。

慌てて製作主任の黒田満重さん(クロちゃん)の車で山科のホテルに向かった。ホテルの一室では監督のAさんとてっちゃんがまさしくそっぽを向いていた。「どうしたんですか?」とA監督に訊くと「てっちゃんが相談に乗ってくれないんだ」と不機嫌に言う。窓外を向いたままのてっちゃんに訊いた。「相談に乗ってくれへん言うてはるけど、どないしたん?」「窓向けに庭も見せて2ショット撮れ言うんや。そんな画は撮れんというたら、なんで撮れないんだと怒り出した。あほらしてやってられんわ」。

窓外を見たらピーカンでメッチャ明るい。「あーこれか」と納得した。A監督は部屋内と窓外の光量差を理解していないのだ。室内に俳優二人を立たせて部屋奥から窓外向けに2ショットを撮ると、俳優にライトを当てても光量不足でシルエットにしかならない。窓外の天気が曇りならまだしも、その日のように快晴では話にならない。また、二人の会話が庭に関してのものだから、外を飛ばして(光量オーバーで真っ白にすること)人物だけに絞りを合わせるわけにもいかない。帯ドラマは予算が低いので、照明はホテルの電源を利用するライトしか持って行っていない。室内の二人と窓外の庭との両方を適度な明るさで撮ることは不可能なアングルだった。これは撮影技術のいろはだった。Aさんは松竹大船出身の監督だったが、どうも初歩的な撮影技術を理解していなかったらしい。

 

A監督はコンテが作れない

この番組はキャメラマン2人が交代で担当していた。私より3歳年上のてっちゃんとベテランの中村富哉(富さん)さんだ。富さんはA監督とは揉めてはいないようだった。ホテルの一件の後、富さんに訊いた。「なんで富さんはA監督と上手くいってんの?」「まあ、それなりに面倒みてるからな」「面倒をみるってどうやって?」「コンテや」「コンテ?」「コンテを作ってるんや、俺が」「え!?どういうこと?」「実はな、A監督はコンテをよう作らへんのや」「えー!?コンテを作れない監督っているの?」。

 

コンテって何?

ここでコンテについて説明しておこう。コンテとはコンティニュイティ(continuity)の略で、大雑把に言えば「撮影プラン」のことだ(ハリウッドの場合はもう少し複雑な説明が必要かもしれないが)。監督が「自分の作品をこういう風に撮りたい」と考えた設計図のようなものだ。

映画やドラマは企画が通った後、プロデューサーやシナリオライター、監督などによって、シナリオ(台本・脚本)が作られる。シナリオにはシーン1からラストシーンまで、1シーンごとに場面(例えば「神戸港・船着き場」とか「警視庁捜査一課」とか「山田家・居間」とか)の指定があり、そこに登場する劇中人物とその動きや表情やセリフなどが書き込まれている。そして、全シーンを通してストーリーが展開し、テーマや登場人物の生き様などが浮き彫りになるように書かれている。

駐在刑事1話台本
テレビ東京・東通企画制作「駐在刑事」台本の一部。上の余白にコンテを書く。

 

だが、シナリオが完成したからといってすぐに撮影に入れる訳ではない。監督とスタッフとで、ワンシーンごとに撮影場所をロケにするのかセットにするのか、ロケなら何処で撮るのかセットならどういうセットなのか、さらには、登場人物の各場面の衣装はどんな衣装にするのか、バッグなどの持ち物をどんな物にするのか、車が登場するならどういうタイプの車なのかなどを、作る作品の内容に沿って決めなければならない。

そして、ここからが監督の作る「コンテ」ということになる。ワンシーンずつそれぞれの役の俳優をどこにどんな風に配置するのか、どのタイミングでどう動くのか、どんな表情をするのか、そしてそういった演技をどのアングルでどんなサイズで撮るのか、照明の雰囲気をどうするのか、こういったことを演出プランとして作っていく。それが「コンテ」なのだ。このように「コンテ」作りは、監督の演出意図を形作るための作業としては基本中の基本になるものだといえよう。

 

絵コンテ・字コンテ

 ちなみに、コンテには絵コンテと字コンテがある。絵コンテは撮りたいカットの映像を絵で描いたものだ。黒澤明監督は絵画のような立派な絵コンテを描いたことで知られている。関西テレビ・歌舞伎座制作「宮本武蔵」で付いた大映出身の安田公義監督などは、現場には台本ではなく絵コンテを描いたスケッチブックを持って来ていた。絵コンテにセリフも書いてあった。

 字コンテは、文字通り文字でそのカットのサイズや雰囲気、俳優の動きなどを示したものだ。私が助監督で付いた大多数の監督は字コンテだった。私も特別なカット以外は字コンテにしていた。

駐在刑事連ドラS3ー3話コンテ
「駐在刑事」筆者のコンテ。上部に人物の配置やカメラポジション図と字コンテ。下部には見難いが、
合成用の絵コンテ。それ以外にも注意書きや覚書などが書いてある。は音楽の指定Ⓣはタイトル。

 

実際のコンテとは

では、実際のコンテとはどういうものか?上にも筆者が作ったコンテを載せたが、見え難いかもしれないので、先ほどのA監督と藤井哲也キャメラマンが喧嘩になったホテルのシーンの冒頭を、私流に字コンテを作ってみるとこうなる。

 

第1カット  手前に庭を入れて、室内で向い合っている一郎と花子のフルショット。庭
  についての会話が終わると、一郎が窓に近寄りレースのカーテンを閉め
  る。

第2カット  カメラ室内。レースカーテンバック。花子左ナメ(画面左に入れ込み)一
        郎、振り向い
て別れを告げる。

第3カット  一郎右ナメ花子、驚いて問い詰める。一郎避けるように左を向く。ピント
 一郎に。苦しい表情の一郎。

(上のコンテは分かりやすいように少し丁寧に書いている。実際には台本にはコンテを
   書くスペースがあまりないので、もう少し簡単に書くこと
になる)

 

様々な条件を考えて作るコンテ

このように、演出・撮影プランを監督は撮影に入る前に立てておく。勿論それは庭の形状、部屋の広さ、ベッドやテーブルの大きさなど撮影現場の様々な条件や技術的な条件も加味してのことだ。その時、例えば第一カットの部屋外からのカットは、外の景色が窓ガラスに写って中が見えにくくなる恐れがある。したがって、写りを遮る黒幕を用意するよう助監督に指示したりするようなことも必要だ。

 

俳優の顔の向きもコンテに

さらに云うと、俳優の顔のどちらの面が良いかも考えてアングルを工夫することもあるのだ。私が後年よく二時間ドラマでご一緒した萬田久子さんは自分の左面が好きだった。右面がメインに写るようなカットだと、意識してしまって何となく落ち着かない。別に右面が悪いとは思わないのだが、本人の思い込みだから仕方がない。ロケ場所選びから立ち位置、動きまで主に彼女の左面が写るようなコンテを作ったものだ。

勝新太郎は監督のコンテがどうあろうと、勝手に画面の右側に座ったそうだ。彼も自分の左面が好きだったのだろう。コンテはそこまで考えて作ることもある。

 

コンテを見せない監督

コンテは事前にスタッフに明らかにする監督もいれば、スタッフには一切見せない監督もいる。東映京都撮影所のテレビ番組では、クランクイン前にコンテを立て終わった監督は、スタッフルームに台本を置いて帰った。撮影前にスタッフにコンテを知らせておくことで、準備を万全にし現場をスムーズに進める狙いがあったのだろう。撮影スピード第一主義の東映らしい習慣だ。まだコピー機が簡単に使えなかった時代だった。私たちスタッフは、仕事の後も居残って、必死で監督のコンテを写したものだ。

京都映画の場合は東映のような習慣はなかった。監督が考えたコンテが、キャメラマンの意見で簡単にひっくり返ることがしばしばあったせいかもしれない。工藤監督などは当日にならないとアイデアが纏まらないようだった。中には現場で俳優さんの芝居や動きを見てコンテを決めるという監督もいた。
 コンテを一切見せない監督の代表が、三隅研次監督と倉田準二監督だった。二人の台本には何にも書いてなかった。そんな監督たちもスタッフには知らせないだけで、基本的なプランは前もって立てていたのではないだろうか。倉田監督は大立ち廻りのシーンなどでも、台本を見ないでカット1からカット100幾つまで、ダーッと一気にコンテの説明したものだ。私たち助監督やキャメラマン・記録係は必死に書き留めようとするが間に合わないスピードだった。「きっと家にはキッチリコンテを書いた台本があるねんで。それを前の晩に暗記して来てるに違いないわ」。私たちは腹立ち紛れにそう囁きあったものだ。

 

キャメラマンにコンテを作ってもらう監督

さて、先ほどの話に戻ろう。富さんによると、A監督は前述のどのタイプでもなく、俳優をどう動かしてそれをどう撮るといったプランがまったく立てられない監督だったらしい。だから富さんは、撮影前日に喫茶店でA監督とコンテの打ち合わせをしていたそうだ。打ち合わせと云っても、富さんが「一郎をここに座らせて花子をここに立たせる。カット1はこのアングルからロングに引いて、このセリフまで。カット2はこの方向からタイトの2ショットで、このセリフで一郎を立たせてここまで歩かせる。それをフォローしてこのセリフまで……」と提案すると、それを台本に「なるほど」と云いながら写していたらしい。てっちゃんは、そういうことを恥だと考えていないA監督に腹を立て、コンテの打ち合わせをしなかった。だから、ホテルでの事件が起こったのだ。

 

ホン直しを助監督に任せるA監督

そういえば、佐々木康之プロデューサー(以下P)に呼ばれてA監督と3人でホン直しをしたことがある。それぞれが意見を言った。私もそのホンの欠点とその変更案を述べた。そうして大体の方向性が出た。すると佐々木Pが「ヨウノスケ、明日までに直してこい」という。エ!?俺が直すの?それまで佐々木Pと2人でホン直しの打ち合わせをして、それを私が直したことは何度もあるが、監督がいて私が直したことはない。少なくともPが「監督、ホン直し任せて頂いてよろしいですか?」と訊くのが本筋だ。だが、このあと佐々木PA監督とは麻雀に行くという。当り前のように助監督に本直しをさせて遊びにいくA監督の無責任振りにあきれたが、「この監督は佐々木Pに信用されていないんだな」とも感じた。A監督はその当時50過ぎだったが、よくここまで監督として生き残っていたものだと思う。よほど面倒見の良いスタッフに恵まれていたのだろうか。

 

助監督をやたらに持ち上げるB監督

コンテを作れない監督にもう一度付いたことがある。私が監督になってから4年目。すでに20数本の1時間時代劇の監督を経験していた。テレビ東京・歌舞伎座制作の時代劇「夫婦ねずみ・今夜が勝負!」を京都映画が下請け製作することになった。その頃私は新しいシリーズが入ると、最初の1~2本は監督補(監督経験者が助監督をするとこの名称になる)を務めて、作品が軌道に乗ると監督陣に入るというのがパターンだった。だがこのシリーズは、主演の堺正章が過去に主演した作品の監督を推薦したりして、なかなか監督をする機会がこなかった。

そんななか、Bという監督が東京から来た。「大都会」や「西部警察」など石原プロ作品を手掛けていたという話だった。初対面からやけに気さくで、「〇〇です!よろしく!」と「キムタク」みたいに苗字と名前を縮めたニックネームで元気よく自己紹介した。打ち合わせやロケハン中も「洋ちゃん凄いね。京都のことは何でも知ってるじゃないか」とか「洋ちゃんの言ったとおりだ。最初からこうなるって分かっていたんだろう?」とか、やたらに私を持ち上げる。

 

「いいね。いいね」で丸々1

明日から撮入という日の夕方。帰ろうとすると、B監督が「洋ちゃん、明日の打ち合わせをしよう」と言う。一緒に京都映画前のスマートという喫茶店に行った。スマートは京都映画スタッフの溜まり場だった。「明日撮影のこのシーンだけど、最初は何から出たらいいかな?」と、私に訊くともなく自分で考えるともない曖昧な口振りで言う。仕方がないので、「血だらけの五郎蔵の苦しげなアップから出たらどうでしょう?その肩口にバシッと竹刀が打ち付けられる。インパクトのある出だしになると思いますが」と言うと、「ほう、五郎蔵の血だらけのアップに竹刀か、いいね、いいね。うーん、次はどうするかな?」。と、同じ口振りで言う。「次は五郎蔵を入れ込んだ同心矢崎の上半身ぐらいのサイズで、『吐け!吐け!吐かんか!』と言いながら竹刀で五郎蔵をぶっ叩く」「いいね、いいね。次は?」「次は全体の状況を分からせるために、フルサイズに引いて……」。この調子でとうとうそのシーンの最後までコンテを作らされた。

そのシーンだけではなかった。翌日に撮影予定のシーン全部のコンテを作る羽目になった。「ああ、この監督はA監督と同じだ。コンテが作れないんだ」。そう思った。やたらに私を持ち上げたのは、その魂胆があってのことだったのだ。「この監督はそういう世渡りをしてきたんだな」。そう思うと、腹も立たなかった。作品の責任は監督であるBさんが取るのだ。私は好きにコンテを作っていいのだ。だから、この状況を楽しもうと思った。現場でもどんどん前に出て仕切った。こうやって、コンテ作りの「打ち合わせ」は撮影終了まで続いた。

 

次回はコンテそのものについて書いてみたい。

 

         To Be Continued


※次回は1週間後(7月10日)アップ予定。



お知らせ

 スマホではこの後に、私が関知していない広告が掲載されるようです。目障りだと思われる方もおられると思います。お目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。

摩訶般若波羅蜜多心経

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 

照見五蘊皆空 度一切苦厄  舍利子 

色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 

受想行識亦復如是  舍利子 是諸法空相 

不生不滅 不垢不浄 不増不減 

是故空中 無色 無受想行識 

無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 

無眼界 乃至無意識界  無無明 

亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 

無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 

菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 

心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 

遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 

三世諸仏 依般若波羅蜜多故 

得阿耨多羅三藐三菩提  故知般若波羅蜜多 

是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 

能除一切苦 真実不虚  故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰

羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶


般若心経