──京都映画での日々
その9
「必殺からくり人」に就く
1976年秋の実相寺組から少し前に戻りたい。当時29歳。助監督になってから4年目。実は私はこれまで、「必殺 からくり人」には実相寺組の後に就いたと思っていた。だが、「必殺からくり人」の放送日程を見ると、1976年7月30日~10月30日となっている。その前に就いた「お耳役秘帖」の最終回放送は9月28日となっている。だとすると、「お耳役秘帖」を8月いっぱいまで撮影し、9月の前半に「必殺からくり人」に1~2本就いて、その後実相寺組「歌麿 夢と知りせば」の準備に入ったと考えるのが正解ではないだろうか。
ああ、すっきりした。読者諸兄姉は「そんなこと、どうでもいいじゃないか」と思うかもしれないが、私にとってはけっこう拘るとこなのだ。そこらあたりがスッキリ整理されないと、書いていてもどうにも気持ちが悪い。後年監督になってから、私は台本などの打ち合わせの場で、「気色が悪い」という言葉をよく使った。ストーリー展開や登場人物の行動などが、整理して論理的には言えないのだが、「なんかスッキリしない」「気持ちが悪い」ということなのだ。私はこの「気色が悪い」という感覚を大事にして来た。この感覚を「上手く説明できないから」といって放っておかずに、その原因をちゃんと突き止めて対処してきたつもりだ。そのことが、曲がりなりにも監督という職業を続けて来られた要因のひとつだと思う。このブログは私の活動屋としての成長記録(失敗や挫折の方が多いかもしれないが)でもあるので、ご勘弁願いたい。
「必殺からくり人」の脚本は、あの早坂暁
さて「必殺からくり人」だ。朝日放送(ABC)・松竹制作「必殺シリーズ」の8作目になる。ちなみに「必殺からくり人」は、必殺シリーズのなかでも私が好きな作品だ。やはり早坂暁のホンが良かった。企画も早坂がメインで作ったと思うが、脚本も全13本中10本が早坂暁だった。最初は13本全部早坂が書く予定だったに違いない。だがなにせ陰では、「はやさか あかつき」をもじって「遅坂(おそさか) 嘘吐き(うそつき)」と呼ばれる早坂のことだ。ホンが間に合わなくなって、中村勝行と保利吉紀に急遽、松竹が頼んだのだろう。
私の知人に早坂の弟子を自称する男がいた。彼によると遅坂いや早坂は構想が纏まらない、あるいは思い付かない間は、締め切りが過ぎてもずっと麻雀をし続けていたらしい。執筆が遅れると、「必殺からくり人」の撮影現場にはその日の撮影分だけの原稿が、ファックスで届くこともよくあったという。

「必殺からくり人」出演者スナップ。左端が緒形拳、二人目がジュディ・オング、3人目が山田五十鈴、4人目が芦屋雁之助、右端が森田健作。
「必殺からくり人」の面々
「必殺からくり人」の主役・時次郎は、あの緒形拳だ。必殺シリーズには3回目の登場だ。殺し屋・時次郎の表稼業が安眠枕売りで屋号が「夢屋」というのだから相当捻っている。共演は花火師の天平に森田健作、元締めの娘で三味線引きのとんぼにジュディオング、「花乃屋」の番頭兼船頭・藤兵衛に芦屋雁之助、藤兵衛の息子に間寛平、そして元締め「花乃屋」の女将「仇吉」に大女優山田五十鈴だ。森田健作以外はベストキャストだと思う。
「必殺シリーズ」と別のドラマを作ろうとした?
「からくり人」は全員が八丈島を島抜けしたという罪人だ。そういう緊迫感がいい。はなから権力と対峙せざるを得ない設定は、それまでの必殺シリーズにはない特徴だ。そういう縛りがあるから、必ずしも「頼み料」を受け取らないという設定も成り立つ。「涙としか手を組まない」という元締め仇吉のポリシーは、これまでの必殺にくらべるとウエットだが、それなりに筋は通ってると感じた。早坂らしく、鼠小僧次郎吉や蛮舎の獄、それに鳥居耀蔵といった史実や実在の人物も登場させ、上手くその時代の緊張した雰囲気を感じさせた。これもそれまでの必殺シリーズには無かった味付けだ。要するに、早坂暁は「必殺シリーズ」と別なものを作ろうとしたのだろう。
ABCも考えた?「必殺革新」
ここまで考えてフト気が付いた。早坂だけではなく、ひょっとしたらABC=山内久司プロデューサー(P)も、それまでの「必殺シリーズ」とは別なものを作ろうといたのではないだろうか。必殺の頭脳は山内Pだ。なにせ、それまでに脱ドラマ「お荷物小荷物」などを仕掛けてきた敏腕Pだ。必殺仕掛人からすでに4年。「金を貰って晴らせぬ恨みをはらす」というアンチモラルなポリシーも、少し色あせて来たと彼が感じてもおかしくはない時期だ。「必殺殺人事件」の影響でタイトルから「必殺」を外してみたり、「金を貰って」という決まりを少し緩めてみたりもしたが、ネットの腸捻転解消(1975年にTBSからNETテレビにネットチェンジした)による視聴率低迷傾向はなかなか元に戻らない。「必殺」タイトルを戻し、必殺仕置人で人気が出た中村主水(藤田まこと)を中心のシリーズをやってみたが、それまであまり効果はなかった。
そこで、山内Pはそれまでの必殺シリーズと異なるコンセプトの番組を考え始めていたのではないだろうか。必殺シリーズを超える=止揚するコンセプトの番組だ。その山内Pの思いと、早坂暁の新しいものを作るというコンセプトが一致した。それが「必殺からくり人」ではなかったのだろうか?
テレビドラマの視聴者は移り気で保守的?
中身のコンセプトは変えたのに、タイトルに「必殺」と付けたままにというのは、テレビ局らしい安全策の執り方だと思うが、「必殺からくり人」は内容的には早坂暁らしい斬新で面白いものが出来たと思う。だが、視聴率的には残念ながら思うような数字は叩き出せなかった。たぶん、テレビの視聴者というのは、「止揚」するという大きな変化には付いて生き難い生き物なのだと思う。
かつての「水戸黄門」や「裸の大将」、「渡る世間は鬼ばかり」、「相棒」などの長寿ドラマを例に考えてみると、キャストの部分入れ替えや内容のマイナーチェンジはあっても、コンセプトを変えるような大きな変革は無かった。それらの長寿番組は極力それを避けて来たのではないだろうか。
反対に、視聴率が伸び悩んでいた番組が、数字の上積みを狙って内容やキャストを大きく変えた場合、成功するよりもそれまでの固定客すら失ってしまうことの方が多かったように思う。かほどに視聴者というものは、移り気なくせにどうしようもなく保守的という相反する性格を持った、制作サイドにとってはまことに厄介なモンスターなのではないだろうか。
結局必殺シリーズはそのあと、からくり人の系譜を引くシリーズと、中村主水を主役に据えた従来のシリーズを交互に制作放映していく。私としてはからくり人系の方に見応えを感じていたが、数字が思うように上がらず、1978年の「必殺からくり人・富岳百景殺し旅」を最後に、制作を終えてしまった。
「新・必殺からくり人(1978~9年)」完成記念写真。前列左端から中山利夫(照明助手)、二人目が石原興キャメラマン、3人目が芦屋雁之助、4人目が山田五十鈴、5人目がジュディ・オング。2列目左端が都築一興(助監督)、2人目が都築雅人(イッコウの弟・撮影部チーフ)、3人目が松野宏軌監督、6人目が川島庸子(記録)。3列目左端が林利夫(照明技師)、2人目が渡辺寿男(製作主任)、7人目のハンチングに髭が南野梅雄監督、右端から2人目が中路豊隆(録音部チーフ)、右端が松永彦一(助監督)。
18歳の仇吉を演じたのは、まさかの……
さてさて「必殺からくり人」では、私が就いた数少ない回で大変に面白いことが起こった。山田五十鈴演じる「花乃屋」の仇吉には、辛い過去があるという設定だった。かつては深川で辰巳芸者をしていたが、所帯を持とうとしていた男に騙され、長崎のオランダ商館長に貞操を奪われたのだ。そのため周囲から差別と迫害を受けて、芸者を続けることができずに鳥追いになったというものだ。その回想が11話で出てきた。回想の仇吉は生娘の設定だから17~8歳だ。当然、若い美人の女優がキャスティングされるものとスタッフ全員が思っていた。たぶん、担当の工藤監督もそう思っていたに違いない。
ところが何時までたっても、若い女優の名前が出て来ない。あろうことか、山田五十鈴さんが自分で演じるという噂が聞こえてきた。「ありえない!」私はそう思った。山田五十鈴さんは当時59歳。それが、18歳の処女を喪失する役を演じるなんて……。だが、噂は本当だった。そのシーンの現場には山田五十鈴さんがやって来た。セットはなんだか紗を張り巡らせた異様なものだった気がする。出来上がった作品は、「まあ、それなりのものだった」としか言いようがない。
内向きになりがちな人気長寿番組の制作陣
直後にまた噂が聞こえてきた。台本が出来た直後に、松竹のプロデューサーS氏が山田さんの楽屋に、18歳の仇吉のキャスティングの報告に行ったらしい。山田さんは大スターなので、一応は仁義を通すつもりだったのか。ところが、若い女優のキャスティングの話をする前に、山田五十鈴さんが自分で18歳の回想を演じるつもりだということが分かったらしい。すっかり本人はその気になっていた。S氏は慌てた。だが、あの大女優・山田五十鈴さんに「18歳の仇吉は若い女優がやります」とは、どうしても切り出せなかったという。
この噂が本当なら、これは松竹サイドの不注意・準備不足という他はない。山田五十鈴さんは誰もが知る大女優だ。松竹としても仇や疎かにはできない。だとしたら、40歳以上も若い時の回想が出てくるホンを作るなら、それなりの覚悟と気遣いがあって然るべきなのではないだろうか。例えば、台本が出来上がる前に、山田五十鈴さんにストーリーの概略を話して、回想用の女優のキャスティングの相談をしておく。あるいは、台本を印刷する際に「18歳の仇吉」の俳優欄に、若い女優の名前を印刷しておくとかだ。
また、山田五十鈴さんの勘違いに気が付いたら、そこで腹を括って「台本はそのつもりで作ったので、回想は若い女優さんでいきたい」と正直に言うべきだった。それがプロデューサーの仕事なのだから。それを、身内のプロデューサー同士で「なあ、あの山田五十鈴さんに若い女優でいきたいとは言えんのは分かってくれるやろう」「そうやなあ」みたいな会話で済ませてしまっているに違いないのだ。
私も後年になってプロデューサーの経験もしたが、長い間同じメンバーでいろんなことを決めていると、どうしても発想が内向きになってしまう傾向がある。メインの俳優さんと監督、シナリオライター、それに制作会社とテレビ局のプロデューサーたち、合わせて10人ぐらいの都合で、大切なことが決まってしまうのだ。そこでは数十人のスタッフやメイン以外の俳優さんたち、もっと言えば番組を見てくれている視聴者の皆さんのことが、後まわしになってしまっているのだ。これは人気番組になればなるほど顕著になってくる。ヒット作を自分たちが作ったという自負が、いつの間にか奢りとなって内向きの発想を生じさせてしまうのだ。
山田五十鈴という女優
ここで念のために言っておきたいのは、先ほどのような勘違いはあったが、山田五十鈴さんという女優は日本でも有数の凄い役者だということだ。若い方はあまり知らないかもしれないが、戦前から夥しい数の名作・話題作映画に出演し、数々の演技賞を受賞している。「必殺からくり人」の後も、必殺シリーズにはレギュラーのように出演していた。だから60歳を過ぎた後もよく京都映画で逢うことがあった。
こんなことを言うと失礼だが、メイク前の山田さんはまったくそこらのお婆ちゃんと変わらなかった。浴衣を着て背中を丸めてヨチヨチと歩いている姿は、とても大女優とは思えなかった。
だが、ちゃんと化粧をしてカツラを載せ、衣装をビチッと着ると、まったく別人になった。まさしく化けるという言葉がピッタリに変身する。歩く姿もスッと背筋を伸ばして颯爽としていた。
流し目にクラクラ
たまたま応援で就いた作品で、目線を作ったことがあった。山田五十鈴さんがスッと私の方を見るというお芝居だった。私はカメラ横の場所が狭かったので、目線の拳を自分の顔の傍に作った。本番になった。監督が掛け声をかける。「よーい、スタート」。カチンコが鳴った。1拍して横顔の山田五十鈴さんが、やや顎を引きながら私の方に少し顔を向けた。そして、スッと私の方を見た。ドキンとした。凄い流し目だった。フッと笑みがこぼれた。胸がキュンと締め付けられた。頭がクラクラした。「カット」の声。しばらく動けなかった。御年60数歳の女優に、胸を撃ち抜かれたのだ。山田五十鈴、恐るべし!
To Be Continued
※次回は来週水曜日(9月25日)に投稿予定。
お知らせ
スマホではこの後に、私が関知していない広告が掲載されるようです。目障りだと思われる方もおられると思います。お目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。
摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄 舍利子
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色
受想行識亦復如是 舍利子 是諸法空相
不生不滅 不垢不浄 不増不減
是故空中 無色 無受想行識
無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明
亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽
無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃
三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰
羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経

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