【Episode19】番外編
国際映画祭の街カンヌ
+南仏そぞろ歩きの旅
中編
前編に続いて
前編では国際映画祭が開催されるカンヌの印象を書いた。南仏コートダジュールには数々のリゾートがあることで知られている。従って行く前の私は、コートダジュールはチャラチャラしたリゾート地とばかり思っていた。しかし行ってみるとそうではなかった。今回はそのことについて触れてみたい。
芸術家と美食の村ムージャン
例えばカンヌの北側、バスで約25分ばかりの高台にあるムージャン(Mougins)村だ。この村には数々の著名な画家、芸術家たちが住んでいたことで有名だ。画家のピカソ、ミレー、多くの芸術分野で活躍したジャン・コクトー、映画監督のルネ・クレール、俳優のカトリーヌ・ドヌーブやジャンヌ・モロー、歌手のエディット・ピアフにポール・アンカ、ファッション界の巨頭クリスチャン・ディオールやイヴ・サンローランなどなどだ。
また、美食の街としても名高いらしい。30分ほどで歩けてしまうほどの村に、レストランが軒を連ねている。しかし、唯の美食の街ではないそうだ。「太陽の料理」と呼ばれるプロバンス料理で名を馳せた伝説のシェフ、ロジェ・ヴェルジェという人がレストラン「ムーラン・デ・ムージャン」を開いた1969年以来、ガストロノミーの町としても知られるようになったらしい。ガストロノミーというのは難しくいうと、「料理を中心として様々な文化要素を考察する、食や食文化に関する総合的学問体系」ということらしい。まことにフランスらしい。知らんけど……。
鷲ノ巣村ムージャン
以上は行く前にネットやガイドブックで仕入れた情報だ。その情報だけではケチケチ旅行をモットーとする私たちは行く気にはならなかったと思う。だが幸か不幸か、たまたま宿泊したホテルの場所がムージャン村だった。丘の麓のホテルから歩いて村の中心部に向かった。私はその時、丘の反対側の低地に村の中心部があるものとばかり思っていた。そこそこ急勾配な坂道を登って行くと、両側に別荘らしき建物が点在している。丘の斜面全体にそういった広い敷地と瀟洒な建物の別荘地が広がっているようだった。ひと際立派な門があった。長い道路が門からとてつもなく広い敷地の奥に延びている。スマホを見ていた同行者が教えてくれた。「五つ星ホテルやて」。これがホテルか?斜面に拡がる広大な敷地にはそれらしい建物は見えなかった。ホテルなんだから建物が無いわけがない。ずっと奥の、門からは見えない処にあるに違いない。後でネットで調べて分かったのだが、「ル・マス・カンディーユ」というホテルだった。なんでも19世紀に建てられた農家の屋敷を起源とする、4ヘクタール(4万㎡)もの敷地を有する豪華ホテルということだった。
坂道をさらに登って行くと、前方になだらかな三角形の丘が見えてきた。丘の頂上から中腹に掛けて、びっしり建物が建っている。これがムージャン村の中心部なのか?私は勘違いに気が付いた。村の中心部というから低地にあるとばかり思っていたのだが、丘の上に出来た村なのだ。忘れていたが、スペインやポルトガル・イタリアでも見た、ヨーロッパにはよくある侵略者からの防御のために、山や丘の上に作られた集落だったのだ。コートダジュールの山間部にいくつもある「鷲ノ巣村」のひとつということか。
蝸牛状の村ムージャン
集落の入り口に辿り着いた。案内の俯瞰写真があった。それをみると、丘の頂上を中心に螺旋状に広がった集落だった。 頂上には鐘楼を備えた教会があるらしい。村に入ると、石造りの建物に挟まれた石畳の道が、緩い弧を描いて上へと延びている。両側の古い建物にはレストランやギャラリー・アトリエ・土産物店などが目につく。ところどころに広場のようなちょっとした空間があるが、大部分は細い通路だ。その通路が迷路のように上へ下へと延びている。古くは要塞の町だったというから、侵入してきた敵軍が迷うように作られたのだろう。村の中心には、11世紀に創建されたサン・ジャック・ル・マジョール教会があるということだったが、私たちはついに辿り着けなかった。まんまとこの町を作った中世人の策略に嵌ってしまったというわけだ。
古代から栄えたムージャン
このムージャンの歴史は古く、紀元前1世紀頃はある部族の首都だったという。村の言い伝えによるとローマ時代には、ローマからプロヴァンスを経由してスペインへ至る街道の馬車宿として、重要な場所となったらしい。中世、プロヴァンス王ルネの支配が終わると、自由権を得て裕福になったムージャンの町は、強固に要塞化された。18世紀から、オリーブ畑、ブドウ畑、ジャスミン畑での仕事を通じて町は繁栄する。
丘の上からはカンヌの市街越しに地中海も眺めることができる。北西の方角を見て驚いた。高い雪山が見えるのだ。なんと、アルプス山脈だという。中世の街並みに、地中海もアルプスの景観も楽しめるなんて、贅沢の極みだと思いませんか?

ムージャン村から見た周辺。近くの低い山の建物は別荘と思われる。
黄金海岸
カンヌから南西に延びる海岸は、「黄金海岸」と呼ばれる絶景が続くというガイドブックの誘い文句に引かれて、カンヌから各駅停車の列車に乗った。確かに車窓から、赤い岸壁とコートダジュールの紺碧の海が延々と見える海岸だったが、謳い文句ほどの景観ではないような気がした。たぶんガイドブックでも勧めていたように、途中駅で降りて散策しなければ本当の良さは味わえないのだろう。
駅舎も改札もない駅に下車
「黄金海岸」を過ぎたところに、フレジュスという街がある。同行者が行ってみたいというので、ここで下車した。駅舎もなく駅員もいないホームだけの小さな駅だった。ちなみにフランスの鉄道は殆どの駅に改札がなかった。チケットを買ったら、そのままホームに出て列車が来たら乗るのだ。早い話、チケットが無くても乗れてしまう。周りを見た感じでは、チケットを持っていなさそうな客が結構いた。列車の中で検札もない。今度の旅行で5度列車に乗ったが、一度も検札は来なかった。その代わり、たまたま検札の車掌が来て不正乗車がバレたら、目玉が飛び出るほど罰金を取られるそうだ。
ローマ時代の遺跡の街フレジュス
さて、フレジュスはあのカエサルによって築かれ、ローマ時代にはこの地方で最も重要な港だったという。従って、ローマ時代の遺跡がかなり残っているらしい。ガイドブックによると、駅から歩ける距離に円形闘技場、神殿跡、古代劇場跡、水道橋跡などがあるそうだ。
円形闘技場跡
まずは円形闘技場に向かった。城壁跡に沿って歩いて行くと、10分足らずで円形闘技場跡が見えてきた。1万人が収容できたという闘技場なので、ローマの円形闘技場「コロッセオ」のような佇まいを期待していたのだが、破損の程度が酷かったのか、期待したような外観ではなかった。闘技場の外壁の上部4分の3は殆ど白いコンクリートの壁で覆われていた。保存のためなのか、破損した個所を「こんなんだったんですよ」と分からせるためのものなのか、何れにしても、ちょっと興ざめする白い壁だった。それでも、白壁の下の方に、当時の石造りの壁面が見える。外から内部を覗いてみると、中も殆どが白いコンクリートで覆われていた。中を見るまでもないと思って、周囲を廻ってみる。すると、入口と反対側の外壁は入口付近よりも保存状態が良かった。最上部まで当時の石壁が残っていた。
円形闘技場跡入口
円形闘技場跡と歴史地区公園
フレジュスはローマ遺跡のある一帯が公園化されているようだった。民家やビルなどは見当たらず、広い芝生に大きな木が植樹された景色が延々と広がっている。
巨大なダルマ落とし神殿?
そのなかに巨大な石の円柱が何本か聳えている場所があった。神殿跡なのか?ダルマ落としのような巨大な短い円柱が、幾つか積み上がっていた。こんなバカでかい石柱をどうやって積み上げたのだろうか?ローマの土木技術に圧倒された。
古代劇場跡
住宅街の中に古代劇場の遺跡があった。ここも円形闘技場と同じように、残っているのは半分ぐらいのようだ。舞台と崩れた観客席の間に鉄パイプ製の10段ぐらいの観客席が設えてあった。遺跡に囲まれて演劇やコンサートが演じられるという趣向なのだろう。夜、鉄パイプの観客席を暗くし、古代遺跡をライトアップするといった演出をすれば、いい雰囲気かもしれない。
野外劇場のすぐそばに、ローマ時代の水道橋の遺跡があった。これは橋脚の部分だけが残っているようだった。
少し足を伸ばせばローマ遺跡ではないが、ジャン・コクトーがキリストの受難と十字軍の物語を描いたフレスコ画や鮮やかなステンドグラスなどの装飾を手掛けた礼拝堂もある。フレジュスは歴史的な遺跡と共存している静かな町という印象を受けた。
サン・レオンス大聖堂
町の中心部にあるのが、サン・レオンス大聖堂だ。ローマ時代の寺院跡に建てられたという。粗削りで素朴な外景は歴史の重みを感じさせる。フランスでも最も古い5世紀の洗礼堂が内部に残っている。12~13世紀につくられた見事な回廊も見所だ。大聖堂には誰でも入っていける。礼拝堂も見学することができる。私たちが訪れたときは、クリスマスマーケットが開かれていて、大聖堂の周囲には、クリスマス用品を販売する屋台がいっぱい出店して賑やかだった。ヨーロッパは12月に入ると何処もこういったクリスマスマーケットで賑わう。大聖堂の隣の市庁舎も信徒のバザールに開放されていて、可愛い衣装を着けたボランティアのおばさんたちが、チャリティなのか教会に寄付するためなのか、熱心に商品を売っていた。駅から大聖堂までの商店街も結構な規模で、駅舎もない殺風景な駅とのギャップに戸惑った。
サン・レオンス大聖堂

サン・レオン大聖堂内部
クリスマスマーケット
私たちが訪れたときは、クリスマスマーケットが開かれていて、大聖堂の周囲には、クリスマス用品を販売する屋台がいっぱい出店して賑やかだった。ヨーロッパは12月に入ると何処もこういったクリスマスマーケットで賑わう。大聖堂の隣の市庁舎も信徒のバザールに開放されていて、可愛い衣装を着けたボランティアのおばさんたちが、チャリティなのか教会に寄付するためなのか、熱心に商品を売っていた。駅から大聖堂までの商店街も結構な規模で、駅舎もない殺風景な駅とのギャップに戸惑った。
サン・レオン大聖堂とクリスマスマーケット。右の明るい建物が市庁舎。
次回は世界的なリゾート地ニースに向かう。
To Be Continued
※次回後編は来週水曜日(2025年1月8日)に投稿予定。
お知らせ
スマホではこの後に、私が関知していない広告が掲載されるようです。目障りだと思われる方もおられると思います。お目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。
摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄 舍利子
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色
受想行識亦復如是 舍利子 是諸法空相
不生不滅 不垢不浄 不増不減
是故空中 無色 無受想行識
無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明
亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽
無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃
三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰
羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経








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