──まだまだ京都映画での日々
その2
助監督に戻って
佐々木康之プロデューサー(以降P)に命じられ、助監督修行をやり直してから約半年が経った。日々の仕事をこなしながら、フト気が付いた。何となく見えるものが、違って来たような気がするのだ。「監督を経験して初めて本物の助監督になる」とは、映画界では言い古されてきた格言だ。気のせいかもしれないが、その格言通りに、監督を経験したことで見る視点が変わってきたようなのだ。
例えば、監督の演出だ。監督といえども人の子、ベテラン監督でもいつもいつも素晴らしい演出ができるわけではない。時には「手を抜いたな」とか「少し違うんじゃないか」と思える演出もある。そんな、就いている監督の演出の欠点やモノ足りない部分に気が付いた場合に、これまでの私は短絡的にまた直截的にそれを指摘していた。
しかしそれを、一歩引いて見れるようになったのだ。監督を経験したことで、そういう余裕が出て来たと言っても良いかもしれない。一歩身を引いて見ることで、何故そうなってしまうのかというところが見えてきた。多くの場合は台本上の欠点なのだが、そんな時はできるだけさりげなくフォローするようにした。「この芝居だけでは、〇〇の怒りは分かり難いかもしれませんね」「そうだな」「シーン△△で、もう少し〇〇の悲しみを強調したらどうでしょう。この芝居がもっと生きてくるような気がします」「どう強調する?」「例えば、……」。
助監督修行とは
ハリウッドでは助監督修行をせずに、シナリオライターや俳優から直接監督になる場合が多いと聞く。だが当時の日本の撮影所では、何年かの助監督修行を経て監督に昇格するのがほとんどだった。では、助監督修行とは監督になってからどう生きてくるものなのだろうか?
私が助監督を始めて7年目に、いきなり2日後から「赤い稲妻」の監督をやれと命じられたことはすでに書いた。その「赤い稲妻」の監督をやり始めて、自分でも驚いたことがある。撮影プラン=コンテを作る作業や現場での演出が、思ったよりスムーズにできたことだ。
コンテ作りに役立った台本直しの修行
特にコンテ作りは、もっと苦しむものと思っていた。私は助監督サード時代にコンテを作ってみたことが何度かある。台本を読んで感動したシーンの撮影プランを、自分でも作ってみたいとやってみた。結果は惨憺たるものだった。苦しんだ割には酷く陳腐なコンテだった。
コンテは「監督がその作品をどう作っていくのか」その一番基本になるものだ。作品の色合い、ドラマ進行の起伏やリズム、登場人物の動き方や表情、極端に言えば息遣いまで考えて作っていくものだ。従ってサードの時の経験からしても、七転八倒の苦しみの中からしかコンテは生み出せないものと思っていた。ところが「赤い稲妻」では、意外にもさほど苦しむことなく作れたのだ。
これは、時間がないという制約が、「割り切り」という方向に作用した側面もあるかもしれない。しかしより多くは、セカンドの頃から佐々木Pに叩き込まれた、「台本直し」の積み重ねのお陰だと思うのだ。「台本を直す」=「部分的にしろシナリオを書く」という作業は、「そのシーンやシークエンスをどう描いていくのか」=「どう撮っていくのか」というということを、考えながら進めていくわけだ。そもそもシナリオ=台本というものは、書いてあるそのままの順番で撮っていけば、作品としては成立するように書くものだ。従って台本直しの作業は、コンテを作る作業とほぼ同じような作業ということになる。
コンテ作りの内容をもう少し詳しく書くとこうなる。総論的には、台本に書かれたことをベースに、監督が自分の感性や価値観、美意識をどう織り交ぜていくのかという作業だ。具体的には、そのためにどう俳優を動かして、どういう仕草や表情をさせるのか。どんなテンポや抑揚でセリフを言わせるのか。それをどんなカットのリズムで撮っていくのか。そしてそれらのカットを、どういうアングルからどういうサイズで撮っていくのか。また移動撮影やクレーン撮影などの映像効果をどういう使っていくのか。以上の要素をカット1からラストカットまで、文字(文字コンテ)や絵(絵コンテ)によって落とし込む作業なのだ。
台本を書くということは、以上のような内容をある程度頭に描きながら書き進めていく作業だ。そういう意味では、私は台本直しの修行をしながら、いつの間にか何年もコンテ作りの修行もしていたというわけだ。
演出術の生きた見本が目の前に
現場での演出については、7年間の助監督経験が生きたのだと思う。当時京都映画の助監督は、年間30本~40本の1時間ドラマに就くていた。7年間だと210本~280本という数字だ。私はこの膨大な数のドラマ現場を経験したわけだ。その間、数十人の監督たちの演出振りを、目の前で見て来た。大物監督あり。自分で芝居をしてみせる監督あり。殺陣を自分で付ける監督あり。キャメラマンをおだてて使う監督あり。現場を先頭でひっぱっていく熱血監督ありと、様々なタイプの監督の下で演出を見て来た。私はさほど熱心な助監督というわけではなかったが、この7年間の日々の積み重ねは、まことに大きかったのではないだろうか。いつの間にか「演出術」みたいなものが身に付いていたのだと思う。
さらに、現場に立つ前に、しっかりコンテ=俳優の動きや表情の組み立てができていれば、後は気心の知れた腕のいいスタッフたちが周りを固めていてくれたわけで、私の場合極めて幸運な監督デビューとなったということだ。
助監督チーフとは?
助監督はチーフになると様々なことを新たに経験するようになる。例えばロケハンだ。チーフになるとロケハンに同行するのだ。当時の京都映画では、ロケハンは1台のハイエースに監督、キャメラマン、照明技師、美術(ロケ現場での建て込みなど必要な時に同行)、助監督チーフ、製作進行が同乗した。その車内では様々なことが話し合われる。台本の欠点、それを直す方向性、作品のトーン、映像的な狙い、撮り方についての各部からの質問や提案等々だ。スタッフ打ち合わせでもそれらのことは話題になるが、一層詳しい検討が車内で行われる。これはサードやセカンドでは経験できないことだ。チーフはそれを聞き洩らさないで、準備に生かすのだ。製作主任や場合によってはPへの報告や提案も行う。
ロケ予定地に着いたら、そこで撮影するシーンの段取りが話し合われる。そこでは演出的な、また撮影・照明的な、更には美術的な主張と駆け引きが戦わされたりもする。撮影現場では見られない、メインスタッフ間の力関係や力量が浮き彫りにされる場面でもあるのだ。そういう生々しい瞬間を、身近に体験できるのは得難いチャンスだった。
光線につての意識を身に着ける
助監督チーフがロケハンで身に着けるのはそれだけではない。光線に対しての意識を叩き込まれるのだ。ロケハン現場では、そのロケ場所のメインポジションや狙いのカットポジションが決められる。そのシーンが重要であれば、監督もしくはキャメラマンから、「ここは午前中な」みたいにロケ時間が指定される。光線的に午前中の撮影でなければいい画が撮れないということだ。
日当たりが良ければいいかといえば、そうでもないのが撮影の面白いところだ。例えば重要な登場人物2人が話をしながら歩く長いシーンだと、ロングのショットがメインなら順光狙いとなり、望遠の2ショットがメインなら逆光狙いとなることが多いのだ。望遠の場合、2人に逆光が当たってシルエットがしっかり浮かび上がり、正面からはいい角度から照明を当てて表情を美しく撮るわけだ。キャメラマンと照明技師の腕の見せ処だ。特に女優の場合この方法がよく採られる。
海や池、それに川などの水がバックの場合は、しばしば順光よりも水に写った太陽光線のキラキラが狙いとなる時もある。この場合、光線が強過ぎると人物が暗くなってしまう。光線を反射する水面がさざ波というのが理想だが、そうそう理想通りにはいかない。撮影現場での、そういう時のキャメラマンの対応は勉強になる。例えば太陽光線の強い時間帯は、人物がシルエットになる引き画を撮って、時間が経過して光線が弱くなったら、水面のキラキラを入れて寄りの画を撮るといった、撮影時間のコントロールだ。そんな時、監督はそういった画が効果的になるコンテの組み合わせを、即座に組替えなければならない。そんな現場での変更に即座に対応するためにも、チーフはロケハンでの監督やキャメラマンの狙いを、会話の中から察知しておかなければならない。ロケは生きた自然が相手の仕事だ。いかに自然を味方に付けるかという訓練を、ロケハンと撮影現場で積み重ねるわけだ。
まだまだある。桜は順光、紅葉は逆光などという、いわば撮影の常識なども身に付いてきたりする。まさしく助監督チーフの仕事は、撮影テクニック習得の宝庫と言える。
京都に詳しいチーフ助監督
またロケハンでは、思わぬ成果を得たりする。京都市内の場所や道路に詳しくなるのだ。助監督のサードやセカンド時代は、ロケバスに乗るとすぐ寝てしまって、着いたロケ場所がどこにあるのか、どんな道筋で撮影所からやってきたのか分からないことが多い。だが、チーフはロケハンのハイエースの中で寝るわけにはいかない。先述したように車内で重要なことが話し合われるからだ。目をしっかり開けて、監督たちの話を聞き洩らさないようにしている。従って、自然とどの道を通って来たか覚えるようになる。ドライバーはプロなので、抜け道なども覚えてしまうわけだ。
また、ロケハンとはロケーションハンティングの略だ。語源から言ってもロケ場所を探すという作業となる。京都の監督の場合はほとんどの場所は知っているので、ひとつのシーンで1ヵ所ロケハンすればそこで決まりということが多い。だが、その場所が工事中という場合や、臨時に思わぬ建物が建っていたという場合も結構ある。そして監督が京都をよく知らない人だったり、作品がいつもは行かないロケ場所が多い現代劇の場合もある。そういう時は、Aという場所がダメならB、BがダメならCと場所を変えてロケハンすることになる。従って、チーフは自然と京都に詳しくなるわけだ。
後年、東京のスタッフが来て京都ロケハンをした時に、「京都に詳しいですね」と感心されたが、京都でチーフを経験していれば誰でも自然と詳しくなるのだ。
ケンカ上手になる?
助監督チーフはロケハンから帰ったら、その結果を製作主任に報告して、それをスケジュールに反映しなければならない。また、監督や各部の全部の要求を聞くわけにはいかないので、優先順位を決めなければならない。その結果は監督やキャメラマンにOKを貰うのだが、チーフ自身の判断根拠がしっかりしていなければ、監督にもキャメラマンにも信用して貰えない。
またチーフ助監督は、時には現場の声を代表して、会社やPとケンカするぐらいのパフォーマンスも必要になってくる。ここでは戦うこと=負けないケンカの仕方や、結果は負けても戦ったという事実はしっかり獲得するテクニックも、ちょっぴり身に着けるわけだ。そんなケンカ上手の見本は、京都映画にはいっぱいいた。助監督修行のやり直しは、まだまだ続く。
【Episode20】To Be Continued
※次回は来週水曜日(2025年2月12日)に投稿予定
お知らせ
スマホではこの後に、私が関知していない広告が掲載されるようです。目障りだと思われる方もおられると思います。お目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。
摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄 舍利子
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色
受想行識亦復如是 舍利子 是諸法空相
不生不滅 不垢不浄 不増不減
是故空中 無色 無受想行識
無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明
亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽
無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃
三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰
羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経
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