──さらに京都映画での日々
その3
前号の続き
1981年末、小生34歳。テレビ東京・歌舞伎座テレビ制作「お命頂戴!」は全13話のうち、2本を監督する機会があった。2本目はなんと最終回だった。新人監督に最終回を撮らせるのは普通はまずないことだ。どんな経緯で私に最終回を撮らせることになったのか、全く記憶にない。資料によるとサブタイトルは「左門殺し屋変化」。どんなストリーだったのかも全く覚えていなかったのだが、ネットで検索したら幸運にも「2月28日にBS松竹東急で放送」とあった。さっそく録画して見てみた。40年以上ぶりの対面だった。
「お命頂戴!」最終回
あまり最終回らしくない話だった。せっかく観たので、少し長くなるがストーリーを紹介する。長屋に住む女お光が目安箱に訴えを投げ込む。「3年前、海産物問屋を営んでいた父親が政五郎一家の代貸銀次(沖田駿一)に殺された。しかしその銀次はたった3年で牢から解き放ちになる。北町奉行所のお裁きは納得できない。自分はその男と刺し違えて死ぬつもりだ」。その訴えを奥祐筆内藤左門(片岡孝夫)が読む。目安箱にはそれ以外にも政五郎一家の横暴を訴える訴状が多数届いていた。左門は北町奉行所の報告書を調べるが、政五郎一家についての記載が全くない。北町奉行所の中に政五郎一家とつるむ役人がいると睨んで、お紺(新藤恵美)七兵衛(ハナ肇)とともに探索を始める。だがその矢先、お光は銀次に殺され死体となって発見される。
一方政五郎(近藤宏)は、屋形船に乗る謎の人物から海産物問屋淡路屋の主人殺害を命じられる。政五郎は銀次に囁く。「おめえの女が淡路屋の囲い者になっているぜ」。政五郎の嘘を信じた銀次は、淡路屋と女を刺し殺す。北奉行所与力の松波(柳原久二夫)は、2人の死を心中として裁く。実は松波は海産物問屋房州屋(若宮隆三)と結託しており、政五郎一家による商売仇淡路屋殺しを心中として闇に葬ったのだ。房州屋と松波の話は屋根裏に潜む七兵衛が聞いていた。2人の会話から房州屋は海産物の独り占めを狙っており、残りは長門屋だけということが分かる。そして、彼らの黒幕として「あの方」と呼ばれる謎の人物がいることも。「あの方」とは勘定奉行職を狙う勘定方だろうと左門は推測する。
左門は旅の渡世人・佐太郎に変装し、政五郎一家の賭場でイカサマを見抜く。乱闘となり子分たちを叩き伏せるが、政五郎に腕っぷしを買われ草鞋を脱ぐことに。政五郎は左門に長門屋殺害を依頼する。引き受ける左門。左門は銀次に淡路屋殺しの真相を囁く。「おめえが殺した女は、政五郎が囲っていた女だともっぱら街の噂だぜ」。政五郎を問い詰めた銀次は、なます切りにされてしまう。
政五郎は左門を房州屋に連れていく。そして、長門屋始末の実行役として引き合わせる。そこへ与力の松波が現れ、「あの方」から至急、幕閣にばらまく三千両を都合するように命じられたと告げる。いよいよ勘定奉行就任のチャンスがきたらしい。
左門は「あの方」の正体を突き止めるために、お紺と七兵衛に屋形船を雇った船宿を探らせるが、手掛かりは掴めない。
一方政五郎一味は長門屋の息子を拉致し、長門屋に「息子の命を助けたければ三千両用意しろ」と要求する。「あの方」に渡す三千両を長門屋に身代金として出させ、呼び出した長門屋を殺してしまおうという悪だくみだった。その三千両は政五郎が「あの方」に届けることに。左門はそれを利用する。
池の畔で三千両を駕篭に積んで待つ長門屋。そこに現れた政五郎一家と左門。政五郎は左門に「長門屋を殺せ」と命じる。長門屋に迫る左門。実は長門屋は七兵衛の変装だった。左門は七兵衛と長門屋の息子を斬ったと見せて、池に突き落とす。
とある武家屋敷、三千両を持参した政五郎一家と左門の前に現れたのは、勘定吟味役鳥居頼母(牧冬吉)だった。鳥居が黒幕だったのだ。祝杯を挙げる鳥居、房州屋、松波、政五郎の前に現れる、黒紋付着流し武家姿の左門。一味を将軍徳川家慶から拝領の刀で成敗する。
最終回じゃない!
長々とストーリーを書いたが、読んで頂いた通り何話目に放送しても良いような話だった。こんな話を最終回にしたテレビ東京や歌舞伎座テレビの意図は不明だが、こんなストーリーだったので、新人の私にお鉢が廻って来たのかもしれない。
実は第1話に左門が将軍家慶に葵の御紋の入った刀を拝領し、市中に出てワルを成敗するに至ったエピソードがある。家慶の父は11代将軍家斉で、家慶に将軍職を譲った後も西の丸に居座って、大御所として絶大な権力を握っていた。その為、家斉にすり寄って利権を貪る輩が跋扈して、世が乱れていた。家慶はその世の乱れを糺すために、左門に人知れず悪を粛清させようとしたのだ。
にも拘わらず、最終回のストーリーには一切家斉も出て来ないし、家斉にすり寄る幕閣も出てこない。肝心の家慶すら登場しないのだ。シリーズとしてはまことに中途半端な最終回だった。こんな話を最終回にしたテレビ東京や歌舞伎座テレビの意図は不明だが、こんなストーリーだったので、新人の私にお鉢が廻って来たのかもしれない。私はといえば、まだまだ「最終回らしい話にしてくれ」と言える立場ではなかった。ひたすら与えられた台本をより面白くするために、努めるしかなかったのだ。出来栄えとしては、それなりに工夫してまあまあ頑張って撮ってはいた。だが、40年以上の時を経て観てみた最初の感想は、「こんなの、最終回の話じゃないやろ!」だった。まだまだ力不足の監督だったのだ。
「火曜サスペンス劇場」にAPで就く
「お命頂戴!」の後は、京都映画の作品が途切れた。その時東映の下請け製作を始めていた関西美工から話があった。フジテレビ・東映制作の「時代劇スペシャル」に演出部と技術部を貸して欲しいということで、東映に行くことになった。若山富三郎主演の「御金蔵破りⅡ」だった。そのことは【Episode2獰猛な演技派~若山富三郎】で書いたので、参照して頂きたい。
時代劇スペシャルの後、京都映画で日本テレビ・京都映画制作の火曜サスペンス劇場(以降火サス)「京都連続殺人事件」が入ることになった。主演は小川知子と西郷輝彦。私に監督を任せてくれるのか、それとも助監督チーフで就くのか。私は中途半端な立場で準備を始めた。佐々木康之プロデューサー(以降P)の胸の内では私も監督の候補に入っていたようだった。どうも、小坂敬、山本時雄という初めて仕事をする日本テレビのチーフPに、提案するきっかけを探していたような気がする。
だがある日、佐々木Pに言われた。「どこで聞きつけたのか、松尾昭典が『火サスやるんだって』と電話してきた。あいつに嗅ぎつけられたからお前の目は無くなった」。よく分からない理屈だったが、結局私はAPで就くことになった。
松尾昭典監督は日活出身。日活時代は石原裕次郎や吉永小百合、高橋英樹などが主演の日活ムードアクションの監督として高い評価を得ていた。まさに、バリバリの売れっ子監督だった。日活に移る前は松竹京都撮影所にいたという関係で、佐々木Pとは旧知の仲だったのだ。ちなみに、松竹京都撮影所から映画製作を再開した日活に移った演出部に、蔵原惟繕や神代辰巳がいる。
火曜サスペンス劇場
「火曜サスペンス劇場(火サス)」は前年1981年9月から始まった2時間サスペンスドラマだ。2時間ドラマとしては「土曜ワイド劇場」「木曜ゴールデンドラマ」についで3番組目の番組だった。難病モノ、感動モノを得意とする「木曜ゴールデンドラマ」は別として、同じサスペンスやミステリーを扱う「土曜ワイド劇場」が、残酷な殺人事件や女性の裸や濡れ場、それに怪奇物などを売りにしていたのに対し、「火サス」は主に女性をターゲットにした正統派サスペンス物という感じだった。その頃、私の家族たちもよく見ていた。
京都映画にとっては「火サス」は初めてだった。私は編集の園井浩一さんと、「火サス」の放送を見て対策を話し合った。結論は一致した。「肝はオープニングとエンディングだ」と。
「火サス」のオープニング
「火サス」のオープニングは斬新だった。まず、「チャンチャンチャンチャーン、チャンチャンチャンチャーン」で始まる強烈なインパクトのオープニング曲に、グッと引き付けられる。そしてその曲に合わせて、瞳孔のクローズアップ映像やタイトルCGとドラマのハイライトカットの短いカットバックが、サスペンス感を盛り上げていく。また途中の「ジャンジャン」の音に合わせて、インパクトのあるハイライトカットが挿入され、さらにサスペンス感を高揚させるのだ。このオープニングの出来不出来は、視聴者の見る見ないに決定的な影響を与えると思った。
「火サス」のエンディング
エンディングは「切なさ」が勝負だと思った。エンディングには岩崎宏美の「聖母たちのララバイ」が流れる。この「聖母たちのララバイ」は単なるエンディング曲ではない。「聖母たちのララバイ」をいかに切ない気持ちで視聴者に聞かせるかが、見終わった後の満足感を左右するのだ。特にサビの「この都会(マチ)は戦場だから 男たちは傷を負った戦士」の部分。ここに、最も切なさを歌い上げるクライマックスを持って来なければならない。難しいのは、エンディング曲なので流れ始める時は、犯人がすでに逮捕されていることだ。となると、犯人は極悪人であるのはマズイ。犯人にも止むを得ない事情があり、逮捕した刑事にも関係者にも、罪は憎むが犯人に対して憎み切れない気持ちが必要だ。従って、ドラマのクライマックスは犯人逮捕だが、感情的なクライマックスは、例えば見ていた視聴者がホロリとするのは、エンディング曲のサビの部分という構成が望ましい。この園井さんと私の結論を、佐々木Pや松尾監督にも伝えた。
今回この文を書く参考に、Wikipediaの「2時間ドラマ」を読んだ。そこには、日本テレビの「火サス」の担当者の合言葉が紹介されていた。それは「哀しくなければサスペンスじゃない」。この言葉自体は、当時私たちには伝わっていなかったが、園井さんと私の分析は日テレの目指すものと同じだったのだ。
松尾昭典監督
松尾昭典監督は池広一夫、長谷和夫と並んで、「土曜ワイド3大うるさ型監督」とウワサされるほどの厳しい監督らしかった。確かに、助監督を始めスタッフに対する要求は甘くはなかった。俳優への演技指導も手を抜くことはなかったし、礼儀にもうるさかった。
だが、私は妙に可愛がられた。クランク・インして2~3日目のロケに、用があって撮影所に残ったことがあった。撮影所に戻ってくるなり松尾監督が言った。「洋ちゃん、なぜ現場にこない」。驚いた。京都の撮影所ではAPは現場に付きっ切りの習慣はない。東映ではチーフ助監督すら現場に出ない組もあるくらいだ。「すいません。撮影所で準備があったもので」と私。「これからは、ロケでもセットでも傍にいなさい。いいね」。しかたがないので、佐々木Pと黒田製作主任に断って、どの現場にも出ることにした。傍にいるからといって、APが必要な場面があるわけではない。話相手になるだけだった。松尾監督は意外と寂しがり屋なのかもしれないと思った。
休みの日は、松尾橋(シャレではない)近くの賃貸マンションに呼ばれて、奥さんの手料理をご馳走になったりした。そうして、後に私が監督協会に入る時の推薦人になって頂くほどの親しさになった。
大きなトラブル
撮影現場はトラブルもなくスムーズに進行したが、撮影終了後に大きな事件が起こった。タイトル問題だ。小川知子と西郷輝彦のどちらをトップに名前を出すかでトラブルが起こった。特に「火サス」は、エンディングでロールでクレジットタイトルだ出るだけでなく、オープニングタイトルに主演〇〇と出る。作品的には小川知子が主演だったと思う。夫が事件に巻き込まれる主婦の役だった。西郷輝彦は、殺人事件が起きてから捜査陣の指揮をとる警部役だ。45年も前の話なので、そもそも台本の登場人物欄にどちらがトップに載っていたのかは覚えていない。
京都映画佐々木Pとしてはあくまで主演は小川知子で、西郷輝彦はトメのつもりだったと思う。トメとは、出演者の最後に名前が出てくる客演又は特別出演扱いの出し方だ。私もそう思っていた。それに西郷輝彦が所属する星野事務所からクレームが入った。「西郷がトメなんて、ありえない」と。
確かに、当時の西郷輝彦は売れに売れていた。「どてらい奴」「江戸を斬る」など多くの番組で主役を務めた大スターだった。星野事務所は「当然、西郷が主役だと思って仕事を受けた」という主張だったのだろう。私は出演交渉は佐々木Pが当たっていたと思っていたが、そのあたりの経緯はまったく知らなかった。だが何事にも慎重な佐々木Pが、「西郷さんを主役で」と言ったとは思えない。ひょっとしたら間に入る人がいて、曖昧な主演交渉をしたのかもしれない。
逸見稔登場
この問題は揉めに揉めて、なかなか解決しなかった。星野事務所は売れっ子の近藤正臣や火野正平なども抱えていて、力のあるプロダクションだったから後には引かなかったようだ。ついに、京都映画は逸見稔氏に仲裁を頼むことになった。逸見稔氏は元松下電器の宣伝部長で数々のヒット作を産み出した超大物Pだ。「青年の樹」「7人の孫」「だいこんの花」「水戸黄門」「大岡越前」「江戸を斬る」を立ち上げて、編集権を持ったプロデューサーとして辣腕を振るった。このタイトル問題が起こる数年前に、松下電器を退職し「オフィスヘンミ」を立ち上げていたが、芸能界・映画界・テレビ界では絶大な力を持っていた。
そんな逸見氏が出て来たのでは星野事務所も仲裁に応じる他はなかった。結局タイトル問題は、逸見氏の仲立ちで京都映画が百万円の迷惑料を星野事務所に支払うことで解決したらしい。東映では「タイトルを一枚間違えれば血の雨が降る」と言われていた。私は演出部だということもあって、どこか他人ごとのように感じていたが、この一件は貴重な教訓となった。おかげで、何十年か後にプロデューサーをやるようになってからも、タイトルでトラブルになることは無かった。
山村美沙先生
「京都連続殺人事件」は山村美沙の「葉煙草(シガリロ)の罠」が原作だった。山村美沙はその頃はまだ、後にブレークするほどの超人気作家ではなかったが、作品はよく売れていたようだった。詳しくは分からないが、佐々木Pがテレビ化などの世話をしていたようだ。その縁で、私も時々山村女史に逢う機会があった。いつもヒラヒラのフリルのついた花柄のワンピースを着ていた記憶がある。
時々、佐々木Pは山村女史に呼び出されていたようだった。佐々木Pは酒が飲めない。だから私や藤井哲也(てっちゃん)キャメラマンが同行させられることがあった。てっちゃんは佐々木Pの奥さんの弟で、長身の超二枚目だ。祇園の高級クラブに連れて行かれたこともあった。後から来た山村女史は渋い和装だった。私たちの姿をみると「えー、こんな若い人が来るんなら、もっと色目のある着物を着てくるんだった」と派手に悔しがってみせた。そこでの会話は徹底して取り留めないものだった。ホステスたちや若い?私たちに囲まれて、執筆のストレスをパーとお金を使うことで発散していたのかもしれない。
山村女史の宇治のマンションで麻雀したこともあった。女史は麻雀を覚えたてのなので、プロはだしの佐々木Pが初心者同然の私とてっちゃんを入れて練習台にしたようだった。女史はテンパルと聞こえよがしに言う。「リーチしようかなー、やめとこかなー。いいわ1千万預金があるから振り込んじゃえ。リーチ!」。「ローン!」と言えない悔しさ。「学生時代にもっと麻雀に励んでおけばよかった」と、後悔も後の祭りだった。
【Episode21】To Be Continued
※次回は来週水曜日(2025年3月12日)に投稿予定
お知らせ
スマホではこの後に、私が関知していない広告が掲載されるようです。目障りだと思われる方もおられると思います。お目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。
摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄 舍利子
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色
受想行識亦復如是 舍利子 是諸法空相
不生不滅 不垢不浄 不増不減
是故空中 無色 無受想行識
無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明
亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽
無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃
三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰
羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経
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