【Episode22】
京都映画での監督稼業
──まだまだ続く二足の草鞋
その1
前回からの続き
火曜サスペンス劇場「京都連続殺人事件」の後、1982年春からテレビ東京・歌舞伎座テレビ制作「斬り捨て御免!」第3シリーズが始まった。私はこの第3シリーズの途中に35歳となった。
時代劇版007
「斬り捨て御免!Ⅲ」は前2シリーズと作品のテイストをガラリと変えた。三十六番所の活躍を描くのは同じだが、主演・中村吉右衛門の希望で007のような作品にしたいということだった。吉右衛門さんは大の007フアンだったらしい。
007は1963年日本初公開されて大ヒットして以来、その頃までには12本も作られていて、そのほとんどが大ヒットしていた超有名映画シリーズだった。主役のジェームス・ボンド役も、すでに3代目のロジャー・ムーアになっていた。当然わが国でも、映画やテレビドラマでその模倣作品やオマージュ作品が数多く制作されていた。蛇足だが、資料によると20年以上も後の2007年には、「0093女王陛下の草刈正雄」という映画まで作られていた。草刈のクサを取って「0093」というのだから笑える。「007のような」というのは、映画やテレビ関係者からすれば、正直「またか」という感じはあった。
さて「斬り捨て御免!Ⅲ」の内容だが、007には「スペクター」という世界征服を企む組織が暗躍し、ジェームス・ボンドと死闘を繰り広げる話が多い。「斬り捨て御免!Ⅲ」の場合はそれが「翁の御前」という日本制覇を目論む一味という設定になった。毎回、秘密の場所に鎮座する翁の面からの声を通して、「翁の御前」からの指令が一味のメンバーに伝えられるということになる。ドラマは「翁の御前」一味対三十六番所対の対決という基本構造になった。花房出雲=ジェームス・ボンドだから、アクションあり潜入捜査もあり美女との色恋もありということになる。というか、それを最大の売りにした企画だった。オープニングタイトルは、007で話題になった女性の裸体のシルエットを模倣した映像と、巨大な翁の面が花房出雲を襲うイメージカットを組み合わせたものになった。
鈴木先生神憑りの活躍
この企画替えの第3シリーズで目覚ましい活躍をしたのが、脚本家の鈴木生朗さんだった。これまでも「斬り捨て御免!」シリーズのメインのライターの1人だったが、筆は決して早い方ではなかった。結構行き詰まって私に電話を掛けてきたりしていたし、書き上がった原稿は2度3度と書き直しを注文されることも多かった。
ところがその鈴木さんが、第3シリーズになってから人が変わったような健筆ぶりとなった。とにかく書き上げるのが早くなったのだ。これまで1話仕上げるのに2~3週間掛かっていたのが、4~5日で書き上げてしまう。直しもほとんどないという充実ぶりだった。その間、私の家にはほとんど鈴木さんから電話はなかった。第3シリーズ全22話中なんと17話が鈴木さんの脚本だった。第1シリーズは25話中4話、第2シリーズが24話中8話だったのだから、その物凄さが分かろうというものだ。佐々木プロデューサー(以降P)と私は「何かが乗り移ったんじゃないか」と首を傾げるほどだった。
多分鈴木さんには、しっとりとした芝居と緻密なミステリーの組み立てよりも、アクションを多用したケレン味たっぷりの007風作劇が合っていたのだろう。それにしても、まさに神憑り的な活躍だった。
ただ、この神憑りには条件があった。鈴木さんの家は二条木屋町西入ルにあったが、目と鼻の先にあるホテルフジタ京都(現ザ・リッツ・カールトン京都)の部屋だと、なぜか健筆に拍車が掛かるということだった。田辺聖子の「朝ごはん抜き?」風に言うと、ホテルフジタの部屋に「脚本の神さんが降りて来はる」ということなのかもしれない。制作会社の歌舞伎座テレビは喜んで、第3シリーズの間ずーっとホテルフジタ京都に執筆部屋を用意した。
最多登板監督に
実は私も第3シリーズは9話分の監督している。第1シリーズは0、第2シリーズでは24話中の3話分の担当だったのだから、飛躍的に多くなっている。第3シリーズでは最多登板だった。これにはチョットした訳がある。もちろん撮った作品がダメでは話にならないが、他の監督に比べて遜色のない出来栄えであれば、私に撮らせる方が歌舞伎座としては安く済むのだ。
監督という職業にハッキリした資格とか身分とかはないのだが、私は監督といっても作品の立ち上げには助監督又は監督補として準備をしている。作品が軌道に乗れば監督をやらせてもらうという状態だった。だから、監督をした場合でも助監督のギャラは京都映画から貰っていた。そういう意味では、助監督の身分のままで監督をしていたと言っても良いかもしれない。監督をすれば、監督料は歌舞伎座から支払われるのだが、私の監督料は若いし経験も浅かったので、かなり安かった。だから歌舞伎座としては、腕に遜色がないなら、私を使った方が安上がりなのだ。そうはいっても、数多の監督の中で私を使い続けてくれた歌舞伎座プロ、特に沢克純Pと京都映画佐々木Pには感謝してもし過ぎるということはない。
だがその2足の草鞋も、そろそろ監督のほうに軸足を移す時期が来ていた。「斬り捨て御免!Ⅲ」では2話目から監督をすることになったのだ。従って、自分が監督する作品のロケハンやコンテ作りなどの準備に追われて、1話の家喜組の現場にはほとんど立ち会えなかった。その後も立て続けに監督することになったので、他の監督の現場には行けていない。私の助監督業務は少なくなっていった。とは言っても、まだまだ二足の草鞋生活は続くのだが、どちらかといえば監督と佐々木Pのアシスタントプロデューサー(AP)的な仕事が増えてきていた。
斬り捨て御免!Ⅲ
さて「斬り捨て御免!Ⅲ」だが、時代劇の007版を目指していたのだから、時代劇としてはケレン味たっぷりの作品ということになる。そういうテイストが他の真面目な監督よりも私に合っていたのかもしれない。
京都映画で同時進行していた「必殺シリーズ」には、本編映画をバリバリ撮っていた大監督や有名監督、売れっ子監督が目白押しだった。そういう監督たちには、私のようなひよっこ監督が、生真面目に撮るだけでは敵うわけがない。だから、私は結構思い切った演出を心掛けた。後から考えれば、それほど大したことではないのだが、その時はそう言い聞かせて撮っていた。それは見世物としての面白さを常に意識していたということだ。いまの言葉でいえばエンターテインメント性を重視したと言い換えてもいいかもしれない。
ドラマというのは難しいものだ。極端な例だが、99%しっかり演出しても残りの1%に手を抜けば、その1%がやたらに目立ってしまう。逆に99%が面白くなくても、1ヶ所だけでも面白いところがあれば、見ている人にはそれが印象に残るものだ。開き直るわけではないが、私が演出してきたテレビドラマの世界では、100%素晴らしい脚本に出会うことはほとんど無い。それを補う予算も時間もない。どうしたのか?
面白いところはしっかり撮る。これは当たり前だ。肝心なのは面白くない部分、欠点のある部分だ。これは目立たなくするしかない。例えば台本に手を入れて、その部分の前後に強烈な印象のシーンを作って、面白くない部分から目を逸らす。また、その部分の芝居やカットのテンポを上げて、視聴者に欠点を感じさせる時間を与えない。さらに、欠点のあるシーンの登場人物に滑稽な芝居をやらせて、そちらに視聴者の気を引き付ける。等々だ。
そういった私の演出は見ようによっては斬新と映ったかもしれない。だがこの時代の私の監督ぶりは、最底辺の演出家として形振り構わずのがむしゃらな演出だったと思う。
「斬り捨て御免!Ⅲ」第2話
さてさて、「斬り捨て御免!Ⅲ」だ。先ほど書いたように、私は第2話から監督した。サブタイトルは「大奥を濡らす魔性の血」で、ゲストは志穂美悦子だった。そのころの志穂美悦子は、映画にテレビに舞台にと大変な売れっ子だった。2年前に私のデビュー作「赤い稲妻」に出演して貰った縁を頼りに、私自身が電話してJACに出演依頼をすると、快くOKしてくれた。ストーリーも彼女を当て込んで、鈴木さんに書いて貰った。あらすじはこうだ。
大奥に「翁の御前」一味によってアヘンが持ち込まれた。大奥取締りの老女滝川は、アヘンに溺れた将軍側室に対して、幕閣の人事を将軍に吹き込むのをやめるよう警告する。側室は居直り、アヘンを吸った証拠を5日の内に出せと迫る。その有様を屋根裏で聞いている黒装束の女(志穂美悦子)がいた。
一方花房出雲(中村吉右衛門)は、白河楽翁(元老中松平定信)から指令を受ける。「『翁の御前』一味が、アヘンをお茶壷道中の茶壷に隠して大奥に持ち込もうとしている。アヘンを奪って、『翁の御前』による大奥のアヘン汚染と支配を食い止めるように」。出雲は三十六番所番士の関大助(長門勇)、平野与四郎(伊庭剛)に、お茶壷道中を迎え撃つべく、東海道を西に向かうように指示する。
箱根の山中を江戸に向うお茶壷道中の一行。数多くの警固の武士や鉄砲隊まで擁した、物々しい警戒ぶりだ。道中の采配をふるうのは御数寄屋坊主組頭の宗千(山本昌平)。「翁の御前」の一味だ。
出雲は顔を覆面で隠し、茶壷を奪おうと隙を狙うが、目の前で騎馬の忍者に茶壺を奪われる。忍者は大奥に忍び込んでいた黒装束の女だった。逃げる女忍者を鉄砲隊が待ち構えていた。女忍者は銃撃され足を撃たれる。奪った茶壷の中身は唯の茶葉だった。宗千の楽翁の手の者を誘き寄せる策略だったのだ。女忍者の危機を救ったのは出雲だった。
出雲は山中の農家の納屋に女忍者を担ぎ込んで手当をする。女は冴と名乗るが正体は明かさない。夜になって高熱が出る。出雲が薬を飲ませようとするが、熱に浮かされ呑み込めない。出雲は冴に口移しで薬を飲ませる。さらに、寒気を訴える冴を抱いて温めてやる出雲。翌朝、熱が下がった冴が目を覚ますと出雲は姿を消していた。切ない表情の冴。
大助と与四郎は大磯宿近くで幕府役人を装って、お茶壷道中の一行から茶壷を騙し盗ろうとするが、見破られて逃げる。藤沢宿。楽翁の配下ヤクザの政五郎(田口計)に手助けを求める出雲。だが、「翁の御前」側に寝返っていた政五郎に一服盛られ、捕らわれの身になる。政五郎は宗千に出雲を捕らえたと報告し、引き渡すために案内する。
宗千一行が到着する寸前、出雲を助けたのは冴だった。2人は血路を開いて逃げる。船小屋に潜む2人は夜を待つ。出雲は冴に「なぜお茶壷を狙う」と訊く。「アヘンを盗めるかどうか、盗人仲間と千両賭けたんですよ」と冴。やがて眠りに就く出雲。冴はそっと黒装束に着替え、そして呟く。「許して下さい。明日中に滝川さまにアヘンを届けないと……」。出雲の頬にそっと唇を寄せて出て行く。目を開ける出雲。にっこり笑って言う。「そうだったのか」。
冴はお茶壷道中一行が泊まる本陣に忍び込む。警固の侍を薬で眠らし、お茶壷に手を掛ける。そこに現れる宗千、政五郎そして警固の侍たち。鉄砲隊がズラリと並び、銃口を冴に向ける。絶対絶命!飛び込んでくる出雲、大助、与四郎。乱闘の最中、出雲が冴にアヘンを手渡して言う。「はやく江戸へ行きな。後で千両の分け前は貰うぜ」。ニッコリ笑って本陣から消える冴。出雲は政五郎そして宗千を真っ向微塵に叩っ斬る。
後日、腰元姿の冴がお屋敷街を歩く。と、すれ違いに深編笠の侍がお尻を撫でる。「無礼者!」キッとにらむ冴。侍が深編笠を上げた。出雲だ。「出雲様!」嬉しそうに叫ぶ冴。出雲がニヤッと笑ってウインクした。
まさしく007
まさしく時代劇版007というストーリーだ。ビデオに録画しているものを観たが、吉右衛門さんも気持ちよさそうに演じていた。多分こういうことをやりたかったのだろう。アクション、殺陣、謀略などが満載で、スピード感もあり、自画自賛で恐縮だが、退屈する暇がない。エキストラも大勢出演していたし、高くつく馬も2ヵ所で使っていた。2話目ということで、歌舞伎座も京都映画も奮発してくれたのだろう。何よりも監督の私自身が、楽しんで撮っていたのだろうなという作品だった。
大活躍の志穂美悦子
志穂美悦子も大活躍だった。大奥取締り老女滝川の配下の御殿女中・冴役だが、唯の御殿女中ではない。黒装束に身を固め、騎馬でお茶壷を奪い取る忍者でもある。彼女は乗馬も得意だ。疾走する馬の腹に隠れて、馬上に姿を現す。馬で走りながら、茶壷を奪い取る。出雲に飛び掛かられて一緒に落馬する。そういった離れ業を、自身で演じた。本陣に忍び込むシーンでは、地上から小屋根に飛び移り、そのまま屋根伝いに大屋根まで駆け上がった。得意の立ち廻りでは、抜群の切れ味の殺陣とアクションを見せてくれた。それだけではない。出雲との絡みでは、恋に目覚めた女のかわいらしさ、いじらしさをたっぷり見せてくれた。
最高の悪役・山本昌平
もう一人、面白い俳優との出会いがあった。御数寄屋坊主宗千を演じた山本昌平だ。一度見たら忘れられない顔だ。その特異な風貌から圧倒的に悪役が多い俳優さんだ。たまたま食堂で一緒になり話をした。彼は言った。「私は悪役が大好きだ。善良な役をやろうと思ったことは一度もない。だから貰った悪役を、大切に全力で演じようとしている。悪役は主役を憎み通さなければいけない。だから、主役とは絶対飲みに行かない。食事にも行かない。おごって貰って、憎しみが薄れたら、悪役を全うできないから」。彼の凄みのある悪役ぶりの秘密は、ここにあったのだ。
2話のラスト。出雲に真っ向から切り下げられて死ぬ場面。顔の中央にまっすぐ切り下げられた傷をつけての演技だった。山本昌平さんはズルズルとずり落ちながら、得も言われぬ様々な表情を浮かべて、死んで行ってみせた。抜群の存在感だった。私たちは山本昌平さんのような、プロフェッショナルな悪役俳優に支えられて、仕事をしているのだと思い知らされた。
【Episode22】To Be Continued
※次回は来週水曜日(2025年3月19日)に投稿予定
お知らせ
スマホではこの後に、私が関知していない広告が掲載されるようです。目障りだと思われる方もおられると思います。お目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。
摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄 舍利子
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色
受想行識亦復如是 舍利子 是諸法空相
不生不滅 不垢不浄 不増不減
是故空中 無色 無受想行識
無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明
亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽
無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃
三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰
羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経
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