【Episode22】
京都映画での監督稼業
──まだまだ続く二足の草鞋
その5
前回まで
「斬り捨て御免!Ⅲ」第12話「黄金に群がる闇の相場師」は、私のシリーズ6本目の監督作品だ。ちなみにWikipediaによると、第11話「夏の怪 竜神が流す火の涙」も私が監督したと書いてあるが、私には記憶がない。第11話のビデオを持っていないので確かめようがないが、たぶん何かの間違いなんだと思う。念のために。
さて、「黄金に群がる闇の相場師」だ。いつも通り、このブログを書くために40年ぶりにビデオを見たが、あまりiいろいろ問題のある作品だった。いつも長々とあらすじを書いて恐縮だが、ある程度ストーリーが分かっていないと、これから書くことの意味が分かり難い。我慢して読んで頂きたい。脚本はN氏。
「黄金に群がる闇の相場師」あらすじ
佐渡金山から移送中の幕府金座の御用金が、剣客(五味龍太郎)に指揮された黒覆面の一党に強奪される。ただ一人生き残った人足猪之吉(根岸一正)が、金の延べ棒1本を盗んで逃げる。その一党が「翁の御前」一味であること、そして猪之吉が、金の延べ棒を江戸の両替商に持ち込んで奉行所に手配されたことを、花房出雲(中村吉右衛門)たちは知る。出雲は大助(長門勇)に問う。「とっつぁん、故買屋を知らねーか?」。
猪之吉は故買屋に延べ棒を持ち込む。だが、その故買屋は御用金を襲った「翁の御前」一味だった。危ういところで猪之吉を救ったのは浪人者に扮した出雲だった。「おめえは隠れてろ。延べ棒はオレが売りさばいてやる」と言って出雲は延べ棒を預かる。
故買屋を付けていた与四郎は、両替商の近江屋(河合伸旺)と密会するのを目撃する。出雲は芸者小蝶の口から、近江屋の妾お春(本阿弥周子)の存在を聞き出す。
お春は参詣の帰路、ヒョットコとオカメの面を被った二人組に絡まれる。それを救ったのは出雲。叩きのめされたヒョトコとオカメは大助と与四郎だった。「送ってやろう」と出雲。そのままお春の家に上がり込む。お春は「私は金で買われた近江屋の人形さ」と嘆く。
近江屋は「金が不足して小判が作れぬ」と悩む金座支配後藤(永野辰弥)に吹き込む。「江戸の両替商に金を差し出せとお命じになればいいのです」。金座からの帰り道、近江屋の前に出雲が現れる。そして金の延べ棒を出して言う。「これを金に換えてくれねぇか」。ズイと出てくる用心棒頭。御用金強奪を指揮した剣客だ。大刀を背中に廻す奇妙な剣法を使って出雲に手傷を負わせる。「やめた、やめた」。延べ棒を放り投げて立ち去ろうとする出雲。呼び止める近江屋。「気が向いたら店に来なさい」。笑って立ち去る出雲。
近江屋は両替商たちを集め、金座に金を差し出すよう持ち掛ける。だが、相模屋が強硬に反対する。相模屋は「翁の御前」が手を廻した奉行所に、あらぬ嫌疑を掛けられて捕縛される。後難を恐れた両替商たちは、金座に金を差し出すことに同意する。
近江屋に現れる出雲。「世話になるぜ」とニッコリ笑う。用心棒頭は警戒するが、近江屋は言う。「さる筋から知らせがあってな。あの男が花房出雲かどうか、手元に置いて確かめよう」。出雲に監視の目が付く。
出雲はお春に、近江屋の用心棒に雇われたことを告げる。「あんたも金で買われはったんやね」。出雲に問われ、自分の身の上を語るお春。京の両替商の娘だったが、七つの時に店が「夜嵐党」という盗賊に襲われた。両親が殺されて店は潰れ、みなし子になった。売られ売られて江戸まで流れて来たと。出雲は何気なく呟く。「その『夜嵐党』の首領は右肩に刀傷があったそうだぜ」。顔色が変わるお春。
監視の目を盗み、出雲はお春から得た情報を大助と与四郎に伝える。「近江屋の寮は根岸にあり。探れ」。2人は近江屋の寮に忍び込む。だが、厳重な警戒に阻まれ逃げだす。
お春の家に近江屋が来る。いやがるお春を無理やり抱く。お春はそっと近江屋の寝間着をはだける。右肩にくっきりと刀傷。
しびれを切らした猪之吉が、隠れ家を出て出雲に逢いにくる。猪之吉の口から飾り職人たちが神隠しに逢っていると聞き、「これで読めた」と出雲。だがその様子を用心棒頭に見られていた。一味に掴まる猪之吉。拷問を受け出雲との関係を話してしまう。
その事実を「翁の御前」に報告する近江屋。お弓は近江屋に命じる。「奪った御用金と両替商たちが献上する金、そして今夜手に入る金を全て上方に運びなさい。飾り職人たちの手で金の含有量の少ない小判を作るのです」。大量の偽小判を流通させて金相場を混乱させ、金銀の流通を一手に握る計画だ。
近江屋は店に呼び出した出雲を用心棒たちに襲わせる。足に槍を受け負傷する出雲。用心棒頭を先頭に迫る用心棒たち。絶対絶命の出雲。
乏しい内容
あらすじを読んで頂くとわかるように、展開としては起伏に富んだ筋立てだ。だが、その内容に問題がある。まず、人間が書かれていない。映画やドラマが酷評される場合、まずでてくるのが「人間が書かれていない」だが、このホンもまったく人間が書かれていなかった。登場人物が、ストーリーを展開するための単なる歯車になってしまっていた。
もっともドラマになりやすいのは、近江屋の妾お春(本阿弥周子)だ。だがこのお春が、まったく中途半端な扱いになっているのだ。自分は近江屋に金で買われた人形だと嘆かせ、幼少期に両親が盗賊に殺されるという悲しい身の上までを、主人公の出雲に語らせている。だが、近江屋がその盗賊の頭領だったという事実を、わざわざ濡れ場まで作って知ったのに、その後のフォローが何もないのだ。自分で親の仇を討とうとするわけでもないし、危険を冒して出雲に知らせるわけでもない。出雲といちゃつくラストシーンまで、登場すらしないのだ。ただ視聴者に「近江屋は盗賊上がりで悪い奴だ」と知らせるだけの役割になってしまっている。
金の延べ棒を盗んで逃げた人足・猪之吉(根岸一正)も、単なる金目当ての小悪党としか描かれていない。佐渡の金堀り人足という過酷な素性も、皆殺しにされかけて命からがら逃げたという境遇も無視して、盗んだ金の延べ棒に執着するという部分だけを描いている。出雲とのシーンもそこそこあるのに、金の延べ棒で人生をやり直したいとか、誰かを助けたいとかの望みもまったくない。あげくに、拷問されて出雲の正体を白状したり、爆殺されそうになって大助を危険な行動に向かわせるなど。最後まで何の救いもない小悪党としか描かれていない始末だ。
また、何か謎を追いかけるという構成でもない。大きな謎を作ってそれを主人公たちが探っていく展開は、視聴者を引っ張っていくドラマの重要な要素のひとつだ。だが、御用金強奪が「翁の御前」一派の仕業だということは、三十六番所が探り出すまでもなく、ドラマの展開の中でその正体を晒してしまっている。「何の為の金集めなのか」という犯行目的も、三十六番所にとっては探るべき重要な要素だ。だが、それについての三十六番所側の疑問や検討もない。何の盛り上がりもなく、「翁の御前」幹部同士の会話で明らかになってしまっている。ドラマになる、あるいは視聴者の興味を呼び起こしたり引っ張っていくための工夫が何もない。単純に三十六番所が翁の御前一派の企てを、物理的に阻止する戦いという構成だ。お春や猪之吉という重要な登場人物に対しても、出雲たちの思い入れはまったくなく、近江屋一味が壊滅すると結果的に助かるというご都合主義だ。お春の今後は出雲の愛人になるしかなく、猪之吉も命は助かったが、職のない身でどうやって生きていくのか、夢も希望も何もない暗澹たる結末だ。
酷いホンを撮りきってこそプロの技なのだ!?
こんなに内容のない酷いホンを、私は何を考えて撮ったのか?申し訳ないが、全く覚えていない。酷いホンを渡された場合、実績のある監督ならば時間を掛けて徹底的にホン直しをやるか、演出を辞退するかのどちらかだ。当然私もホンを読まされた時に、先に挙げたホンの欠点を上げて、直しを要求したに違いない。だが私は、助監督から昇格したばかりの、駆け出しの監督だ。制作会社の歌舞伎座から、「他の台本もないし、ホン直しをする時間もないのでそのまま撮ってくれ」と頼まれたら、断ることができない立場だった。
だが駆け出しとはいえ、私もプロの端くれだ。そのまま酷いホンをダラダラと撮るわけにはいかない。誤解を恐れずに言えば、良いホンは誰が撮ってもどう撮っても面白い。だが、酷いホンをどう撮ってどう見せるかはプロの技だ。「感動させたり、見終わって『良かった』と思わせるのは無理かもしれないが、『見せ物』として見せ切ってやろう」。そう無謀にも、また生意気にも、多分私は腹を括ったに違いない。
デキの良くない台本をどう撮るか
まず、「このホンは少々の時間では大直しは無理だ」。そう私は判断したに違いない。「目まぐるしい展開と派手なアクションで見せてやろう」。そうして、「視聴者の目から台本の欠点を、できるだけ逸らしてやろう」。そう考えたのだろう。
ビデオを見ると、随所に「爆発」や「チャンバラ」や「アクション」「遊び」などが組み込んであった。まず、トップシーンの御用金が強奪される場面。ビデオを見た時、一瞬ロケ場所がどこか分からなかった。「桂林か?」まさに中国かと思うような景色だった。大きな岩と地肌が剥き出しになった、険しい山に挟まれた峠道だ。思い出した。湖南アルプスだ。びわ湖の南。瀬田川沿いに少し南に下った南郷地区。その東に聳える景勝地だ。鋭く尖った山容と巨岩奇岩の織り成す景観の人気の登山ルートだ。
私はトップシーンなのでロケ場所にこだわったことを思い出した。まずその巨岩奇岩や険しい山容で、視聴者の目を引き付けようと思ったのだ。そしてその急な峠道を登ってくる金座御用金運びの一行が、いきなり手投げ弾の奇襲を受ける。「ドカン、ドカン」と連続する爆発。雨あられと襲う弓矢。黒覆面一味の突撃。そういった派手な盗賊団の襲撃で、一気に視聴者を引き込もうとしたのだ。続いて、金の延べ棒を盗んだ人足猪之吉が、逃げ場を失って断崖から川に飛び込むという息も吐かせぬ展開を狙った。
細かいところにも「遊びごころ」を
細かいことにも気を使った。出雲が御用金強奪を大助と与四郎に説明するときに、「金」「翁」というキーワードを、切り文字の紙と鏡を組み合わせた光文字で示した。こういう遊びを随所に入れることで、視聴者を退屈させないように工夫した。
故買屋のシーンも凝ってみた。場所柄を奉行所の手が及ばない無法街に設定し、得体のしれない風体のエキストラを配置した。また、そんな場所に店を構える故買屋が、普通の町人姿では面白くない。片目に黒い眼帯を掛けたせむし男にした。いかにも怪しげな風体となって、私は気に入っていたが、現在はこの手は使えないかもしれない。
できるだけ派手なシーンに
元々の台本でも随所に立ち廻りやアクションシーンが入っていたが、できるだけそれを派手にしたり「遊び」を入れようと思った。B級アクション映画のノリだ。まず、故買屋の後、猪之吉が用心棒たちに襲われる場面では、真っ向から斬り下げられたと思った猪之吉が、金の延べ棒で刀を受けていたという「お遊び」をいれた。続いて出雲が猪之吉を連れて逃げるシーンでは、追う用心棒たちを邪魔する大助に、炭俵を一杯乗せた大八車を引かせ、顔中炭だらけの大助が悲鳴を上げながら、大八車を回転させて炭俵を派手に道一杯にぶちまけた。
お春にちょっかいを出すヒョトコとオカメの面の二人連れと出雲の立ち廻りでは、できるだけ派手にやって貰った。大助が大袈裟に痛がり、「自分だけいい恰好して」と恨みがましいセリフを言わせた。
殺陣師楠本栄一
出雲と2度に亘って対決する近江屋の用心棒頭(五味龍太郎)の奇妙な剣法は、殺陣師の楠本栄一さんにアイデアを出してもらった。対峙した瞬間、グイッと大刀を背中に廻す。パっと両手を目の前で交差させ、ゆっくり左右に開いていく。どちらの手で抜くのか迷わせるという剣法だ。これを見抜くヒントは踏み込む足に有るという設定だった。いま見れば気付くこともある。せっかく奇抜な剣法を見せるのだから、もっと遊べばよかった。例えば、用心棒頭が、左右どちらの手で抜くかフェイントを掛けて、それに対応して出雲が構えを変えるとかを入れるとかだが、少し生真面目に撮り過ぎた気がした。遊ぶなら徹底的に遊ぶべきだ。まだまだ覚悟が足りない。私がもう少し上手く撮っていればもっと面白くなったのだが。残念!
楠本栄一さんは大映出身の殺陣師だ。当時58歳。市川雷蔵の「眠狂四郎シリーズ」、勝新太郎の「座頭市シリーズ」、「必殺シリーズ」などを手掛けた京都でも有数の殺陣師だった。「斬り捨て御免!」シリーズの前の作品では、私は美山晋八さんと組むことが多かった。従って楠本さんと一緒になることが少なかったのだが、「斬り捨て御免!シリーズ」やその後の片岡孝夫主演の「眠狂四郎シリーズ」を通してお世話になった。楠本さんは演出家の狙いをよく聞いて、その線に沿った殺陣を柔軟に考えてくれる殺陣師だった。「出会え!出会え!」と叫ぶと、後は殺陣のカット割りや演出まで殺陣師に任せてしまう東映と違って、「殺陣は芝居の延長」という京都映画の考え方に合った殺陣師と言える。楠本さんにはこの頃から時々飲みに誘ってもらった。楠本さんのことは眠狂四郎シリーズになったら、改めて書いてみたい。
ラスト10分の活劇を目まぐるしくカットバックで
出雲が近江屋に呼び出されて襲われるシーンからはラストまでは、10分以上立ち廻りやアクションの連続だ。最大の見せ場と言える。元の台本よりもシーンバックやカットバックを多くした。3倍以上になったと思う。細かくシーンやカットを同時進行の他の場面と切り替えることで、緊迫感を盛り上げようとしたのだ。シーンを2分割、3分割するので、段取りを省くことができる利点もある。その分テンポが上がるわけだ。とにかくスピード感、移動感、躍動感、緊迫感、スリル感などを重視したコンテになった。以下、どうなったか見て頂こう。
〇近江屋座敷。近江屋に呼び出された出雲。不意討ちで足に傷を負う。絶対絶命!とっさに
灯りを消す出雲。闇に紛れて座敷から逃げ出す。
〇近江屋1室。逃げてくる出雲、押し入れに隠れる。用心棒頭が来て押し入れを開ける。誰
もいない。
〇押し入れの床下に潜んでいる出雲。
〇大勢の用心棒たちが邸内を捜索する。近江屋は出雲捜索を用心棒頭たちに任せて、金座に
向かう。
〇近江屋の表を見張る大助と与四郎。出雲の安否を気遣うが、両替商たちの上納金を大八車
に乗せて出てきた近江屋の後を付ける。
〇近江屋邸内。出雲は用心棒たちの探索の目を掻い潜り、床下を移動する。
〇金座。近江屋は後藤支配を騙し、金蔵を開かせる。後藤を殺害、金座の金を盗み出す。
〇近江屋邸内。用心棒たちを一人また一人と倒していく出雲。
〇金座表。出て来た近江屋を見て大助が与四郎に命じる。「大将が心配だ。お前は近江屋に
戻れ。わしは近江屋を付ける」
〇近江屋邸内。用心棒たちを倒すが、ついに用心棒頭に見つかる出雲。追い詰められる出
雲。
〇近江屋に向かって走る与四郎。
〇近江屋一行を尾行する大助。
〇走る与四郎。
〇近江屋邸内。用心棒領が秘技を繰り出す。踏み出しを見切る出雲。初太刀を危うく躱し、隙を突いて突き刺す。用心棒領は最後の力を振り絞って、出雲に覆いかぶさり首に手を掛ける。が、そこで力尽きて息絶える。そこへ与四郎が駆けつける。
〇近江屋根岸寮作業小屋。地下の作業場に集められた飾り職人たち。上方に連れて行かれる
と聞いて抗議の声を挙げる。行かない者は殺すと近江屋は脅す。最後まで反対した老職人
と猪之吉は柱に縛り付けられる。2人に近江屋が言い放つ。「証拠を消すためにこの寮は
爆破する。お前たちも焼け死ぬんだ」。
〇作業小屋表。物陰に潜んだ大助がイライラと出雲を待つ。
〇出雲を大八車に乗せて、根岸寮目指して突っ走る与四郎。
〇根岸寮。地下作業場奥の倉庫に爆薬を仕掛ける故買屋。倉庫に鍵をかけ、導火線を猪之吉たちの前から階上へと延ばしていく。
〇作業小屋表。気が気でない大助。
〇根岸寮1階。近江屋が導火線に火を点けようとする。「待て!」と大助が飛び込んでくる。大勢の用心棒たちが斬り掛かる。
〇出雲を乗せ疾走する与四郎。
〇作業小屋1階。大助と用心棒たちの壮絶な戦い。近江屋は導火線に火を点けて逃げる。用心棒たちに阻まれて火を消せない大助。
〇根岸寮。船着き場へ向かう近江屋たち。その行く手を阻む出雲と与四郎。ここでも斬り合いが始まる。出雲が叫ぶ。「与四郎、とっつぁんの処へ急げ!」
〇作業小屋1階。大助は、導火線に近付こうとするが用心棒たちに阻まれる。そこへ与四郎が飛び込んでくる。地下へと燃え進む導火線。
〇船着き場。出雲は足の傷を庇いながらも用心棒たちを倒していく。
〇作業小屋地下作業場。導火線の火は老職人と猪之吉に近付いていく。大助・与四郎は用心棒たちに邪魔されて、導火線に届かない。
〇船着き場。出雲は故買屋を倒し、近江屋と対峙する。
〇地下作業場。猪之吉は足で導火線を消そうとするが届かない。導火線の火は火薬の置かれた倉庫へと進んでいく。やっと用心棒を片付けた大助と与四郎が手を伸ばすが、届かない。
〇船着き場。出雲は近江屋と死闘を演じる。
〇老職人と猪之吉の縄を切る大助と与四郎。
〇地下倉庫内。導火線の火は火薬樽に近付いていく。
〇地下作業場。猪之吉と老職人を逃がす大助・与四郎。
〇地下倉庫内。導火線の火が火薬樽の間近まで迫る。
〇作業小屋通路。転ぶ牢職人を負ぶって逃げる与四郎。
〇地下倉庫。火薬樽が爆発する。
〇地下作業場。爆発する。
〇作業小屋1階。爆発を掻い潜って逃げる大助たち。
〇船着き場。死闘の末、出雲が「御免!」と近江屋を斬り下げる。そこへ逃げてくる大助たち。
10分ちょっとの場面を38ものシーンバックで撮り上げた。いずれもアクションあり、立ち廻りあり、殺戮あり、爆発あり、スリルありのシーンばかりだ。少なくとも視聴者は退屈する暇がない。力技で一気に見せる作りにしたわけだ。
この荒業で台本の欠点を補おうとしたわけだが、勿論、反省点はある。尺がオーバーしてしまうのだ。良くない台本を直していこうとすると、どうしても足りない部分を付け足していくことになる。面白くないホンといえども、不必要なシーンというのはほとんどない。面白くないなりに、ストーリー展開としては必要なシーンなのだ。従って足した分がオーバーすることになる。また、アクションや立ち回り、それに「遊び」をしっかり撮っていくと、どうしても尺が伸びてしまう。そうすると、尺調のためにどこかカットせざるを得なくなるのだ。本当は必要なのだが、「これはなくてもまあ何とか分かるだろう」という部分を泣く泣くカットする破目になるわけだ。そのために、それぞれの見せ場の意味付けが薄くなってしまう。今回ビデオを見て、何カ所かそういう場面に気付いた。やはりドラマは良い台本で撮らなければならない。改めてそう思った。
【Episode22】To Be Continued
※次回は来週水曜日(2025年4月23日)に投稿予定
お知らせ
スマホではこの後に、私が関知していない広告が掲載されるようです。目障りだと思われる方もおられると思います。お目にふれないようにスペースを作るため、般若心経を入れておきます。
摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄 舍利子
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色
受想行識亦復如是 舍利子 是諸法空相
不生不滅 不垢不浄 不増不減
是故空中 無色 無受想行識
無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明
亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽
無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃
三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰
羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経
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